カテゴリー「ニュース」の48件の記事

2008年6月14日 (土)

岩手・宮城で震度6強 オカルトに走らず地震と向き合おう

大きな地震があると必ず話題になるのが、地震雲。今回も、ネットのあちらこちらで見かける。いや、今回はもっとひどくなったような気がする。

考えてもみてほしい。

仮に地震雲が地震を予兆するとしよう。

ある日、地震雲を西の空に見つけて、間違いないっ、明日は大きな地震があると「予知」する。そんなときに東京都心の会社で働いていたら、間違いなく死ぬ。今日は会社を休んで避難しよう。

果たして、地震から逃れることができるだろうか。

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2008年6月 8日 (日)

秋葉原の惨劇

もう寝ようと思ったが、一言だけ。

容疑者の情報が少ない。現在の段階で、名前と勤務先、住んでいる場所くらいだろうか。明日の朝刊は、この程度の情報しかないってことになる。

「人を殺すために秋葉原に行った。誰でも良かった」

これは、通り魔殺人の常套文句。「不可解」を絵に描いたような供述で、新聞紙上に書いてあっても、意味のない言葉だと思う。企業や役所が誰かに訴えられて、コメントが「訴状を見てから判断する」となっているのとほぼ同じだ。

こういうニュースを読むたび、背中のあたりが、ナイフで刺されたような幻覚に襲われる。幻覚なんて言うと大げさだが、チクチクするような変な感覚だ。

気持ち悪くなる。

通り魔は、無差別のように見えて計画的だ。

わざわざ小学校を襲う。わざわざ秋葉原に来る。わざわざ・・・。

決して、無差別なのであって、無計画なのではない。

たぶん、明日のワイドショーは秋葉原から生中継で「普段の落ち着きを取り戻している」だろうし、こんなときになるとかり出される精神科医が、訳知り顔で容疑者の心理を「推理」する。

子どもの頃の同級生とか、会社の同僚とかも登場するんだろう。

「信じられません」なんて。いろいろ取材していくと「違った顔」も見つかったりして。

ああ・・ステレオタイプだ。

事件が、はるかに先に行ってしまっているのに、情報だけがやけにステレオタイプで、テレビや新聞を見ると憂鬱になる。

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2008年5月30日 (金)

硫化水素自殺?

硫化水素自殺?
硫化水素自殺?
硫化水素自殺?
午後1時半頃、西新宿のかどやホテル前にたくさんの消防車が集結。「化学機動中隊」の文字が入った消防車あり。

オイラが近づくと救急車1台が誰かを乗せて出るところ。

防護服を着た消防隊員が何人もホテル内に突入。

交通整理している警官の話では、「硫黄のような臭いがする」と通報。消防隊員の話では「有毒ガスの可能性」ということだ。

13時51分、2台目の救急車がサイレンを鳴らして出発。

臭いはしない。

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2008年3月17日 (月)

「ねんきん特別便」来る→年金記録の漏れが発覚

まさかなーとは思っていたのだ。

今夜、会社から帰宅すると・・玄関の郵便受けに・・・

Ca390009 こんな封筒が・・・。

「年金加入記録にもれがある可能性があります。十分お確かめの上、ご回答いただきますよう、お願いいたします。」

ちなみにオイラは、今年で40歳。ようやく介護保険の保険料を払い始めるくらいの若さである。

お兄さんとは呼べないが、おじさんくらいの年齢。

年金が記入漏れとは・・・。

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2008年2月 2日 (土)

そして、明日は大雪

今夜未明から関東地方に大雪が降るらしい。

関東南部に雪を降らせる要因は、南岸低気圧と忍者雲の2つがある。今回関東に雪を降らせるのは南岸低気圧。

関東地方の雪はなかなか予報が難しいんだけど、ウエザーニュースの最新見解では東京に大雪の可能性があると報じていた。

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2008年2月 1日 (金)

金星と木星が大接近

今朝目を覚ますと、午前5時半頃。東の空はうっすらと夜が明け始めていた。

オイラは、2つの輝く星を見つけた。

何だ?

この時間はよく明けの明星が見えるので、1つは金星だとして、もう1つは?

ウエザーニュースのサイトで確認してみると、もう1つは木星だというのだ。

南東の空には、この時間、がのぼっている。月の近くには赤いアンタレスが輝いているはずだ。このアンタレスを胸に抱くさそり座の左に、ひときわ明るく輝く星が金星、その下が木星である。

金星と木星が最も接近するのは、2月1日の午後10時頃、ちょうど今頃だ。でも、観測ができるのは、2月2日の早朝である。

ちなみに2月4日の明け方には、南東の空の水平線近くに、細い三日月の横に金星と木星が並ぶという天体ショーを目撃することができる。

今朝は、見つけて、あとで写真にうつそうとしているうちに夜が明けてしまい、金星も木星も見えなくなってしまって、月だけが残った。明るくなってからではだめで、夜明けの、ほんの少し東の空が明るみ始めた頃だけである。

この時期、寒いかわりに空気が澄んでいるので、星空の輝きが1年で最も美しい。

土星も今の時期、東の空に見える。

しし座の1等星レグルスより明るく輝いているのが、土星。2月21日の夜には満月と並ぶ。

昔実家で天体望遠鏡を持っていて、生まれて初めて土星の輪を確認したときは、感動した。

今は、見かけ上最も明るいので、観測にはもってこいらしい。

明日、早朝の天気は晴れ。天体観測には最高の天気となりそうだが、問題は気温だ。

おそらく、0度前後になるだろう。

今朝もすっごく寒かったけれど、防寒対策をしっかりしないと、マジに風邪をひく。

早起きして、コート着て、マフラーして、湯たんぽ抱きしめつつ、早朝の天体ショー。

悪くないが、これを楽しむにはかなり根性がいるだろう。

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2007年10月12日 (金)

脆いICカードシステム

脆いICカードシステム
朝から首都圏のJR・私鉄の各駅で自動改札機がトラブルを起こして使えなくなっている。地元の江ノ電の駅でもICカードが使えなくなっており、藤沢駅でもPASMOとSuicaは自動改札機を通さず乗客を素通りさせている。

Suicaだけの時代なら被害はJRだけだったろうけど、PASMOの参入でリスクは拡大されていたわけだ。便利に比例して。

大きな混乱はないけど、

改札を素通りするのは、

ちょっとキセル感覚(`▽´)

しっかし脆いシステム。どこか1つでトラブルと全体がパニクる。藤沢で素通りしたお客様が新宿の改札を通ることは不可能なわけで、つまるところ、この混乱は終日続かざるをえないってことか?

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2007年9月11日 (火)

【9・11】その瞬間から何かが始まった。

2001年9月11日、当時オイラは、今から比べると格段に働き者で、おそらく当時も夜遅くまで職場に残り、残業をしていた。帰宅してテレビのスイッチを入れると、そこには、

もうもうと煙をあげる世界貿易センタービル

が映し出されていた。

現実とは思えない映像だが、それはNHKが衛星回線を通して伝えた正真正銘の現実だった。

事故?

その瞬間から日本も世界も、決して後戻りできない混迷へと放り込まれたような気がする。

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2007年9月 6日 (木)

台風9号は、「ドーナツ台風」

2007taifu9b まあ、皆さん、テレビのあるご家庭がほとんどだろうから天気予報などでお分かりだろうけど、今回の台風は、

ドーナツ型台風

つまり、一度風雨のピークを過ぎても、しばらくすると再び2度目の風雨のピークがやってくるってことだ。

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美しい台風

2007taifu9 とても不謹慎な話なのだが、やはり、この「目」を見てしまうと、うっとりしてしまう。東京では珍しい、目のある台風の直撃である。

台風9号フィートゥー

まもなく伊豆半島付近に上陸する見通しだ。

雨雲レーダーを見てみると、ぱっくりと雨雲が割れた丸い目が分かる。大きい。こんな大きな目は、東京に住んで13年になるが、久しぶりのことかもしれない。

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2007年8月29日 (水)

楽園の腐った林檎

オイラの恩師が昔、そんなタイトルの小説を書いた。

箱に詰めた林檎の中に、たった1つ腐った林檎が混ざっているだけで、他の林檎も腐ってしまう。人間も同じじゃないか。

自分は腐った林檎なのか?

離れて暮らす娘を思い、そんな自問自答をする男の物語。

あの頃はピンと来なかったけど、今は何となく主人公の気持ちが分かる気もする。

ここんとこイヤなニュースばかり耳にする。

拉致、監禁、殺人・・・。腐った林檎・・・。

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2007年8月12日 (日)

22年目の夏

高校時代の夏休みだった。今日のように蝉が騒がしく鳴いていた。

1985年8月12日、オイラはおそらく予備校からの帰りだったと思う。少し早めの夕食が終わり、居間にあるテレビを観ると、臨時ニュースが流れていた。

第一報は、日航123便が行方不明、のようなものだった覚えがある。

その瞬間は、「墜落」という言葉は浮かばなかった。

その頃までオイラは、飛行機に乗ったことがなかった。初めて飛行機に乗ったのは、高校の修学旅行だった覚えがある。飛行機が墜落するというイメージ自体、あまり想像できなかったのだ。

しばらくして、「レーダーから消えた」が、「墜落」に変わる。夜9時頃を過ぎると、テレビはどこも事故の特別番組に変わってしまっていた。

翌朝、目を覚ますと、家がやけに静かだった。

階段を下りて、夕べの居間へと進むと、両親が黙ってテレビを眺めていた。

青い背景に、日本人の名前が延々と映し出され、名前を読み上げるアナウンサーの声が静かに繰り返されていた。

両親とも、茫然自失の状態だったと思う。

知り合いの名前がないのか、最後まで確認を続けたが、見つからなかった。

「日航には乗らんとこう(乗らないでおこう)」

・・・母のそんな言葉が記憶に残っている。

以来、日本航空の飛行機に乗ることはめったになく、主に日本エアシステムを愛用していたが、両社が経営統合してしまい、日航のジャンボ機に遭遇することもあった。

あれから22年間、オイラが生きてきたのは、偶然と必然の融合なのだと思う。

何年か前に初めて、事故機のボイスレコーダーが肉声で公開された。最後の最後までコックピットで戦っていたクルーたち。もっと早くあの声を聞いていたら、この事故に対するイメージはずいぶん変わっていたのかもしれない。それを匿名でしか公開できない日本という閉鎖された社会にも、問題があるのだろう。

オイラはたぶん、これからも飛行機に乗ると思う。

事故に出くわすこともあるのかもしれない。

その瞬間、オイラは何を残せるだろうか。

 

1985年、当時日本は一番幸せな時間にあったような気がする。あの瞬間、はり倒されたんだと思う。

22年目の夏。

今年も、何も変わらない暑い夏がやってきた。

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2007年8月 9日 (木)

前市長の思いを受け継いだ長崎平和宣言

今日は8月9日、長崎に原子爆弾が落とされた日。

凶弾に倒れた伊藤前市長にかわり、市長選挙で初当選した田上富久新市長にとって初めての平和宣言の朗読である。

 「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」
 原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、12年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年4月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。

 今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。

 爆心地に近い山王神社では、2本のクスノキが緑の枝葉を大きく空にひろげています。62年前、この2本の木も黒焦げの無残な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆2世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時が経ち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決して諦めません。

伊藤市長ではないということに少し違和感を感じてしまうくらい、まだあの事件にリアリティを感じ切れていない。

日本人でさえも、原爆の怖さを知らずにいる人は多い。北朝鮮が核兵器を持つというなら日本も持つべきと思っている人もいる。でも、核戦争に勝者はいない。それは所有した時点で破滅を意味している。破滅するのは自分の国や都市だけではない。地球を丸ごと破壊する。北朝鮮の核兵器を絶対に許してはいけないし、そんな破滅の道を歩む国の真似をする必要などない。

「人間は、いったい何をしているのか」

このフレーズは、昨年の平和宣言で伊藤前市長が最初に放ったフレーズだ。

あらためて、今年も問うてみたい。

人間は、いったい何をしているのか。

(関連サイト)

長崎平和宣言

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2007年8月 6日 (月)

今年の『広島宣言』にはこれまでにない意味がある。

まずは、今日の広島市平和記念式典での秋葉忠利市長の『平和宣言』からの抜粋である。

しかし21世紀は、市民の力で問題を解決できる時代です。かつての植民地は独立し、民主的な政治が世界に定着しました。さらに人類は、歴史からの教訓を汲んで、非戦闘員への攻撃や非人道的兵器の使用を禁ずる国際ルールを築き、国連を国際紛争解決の手段として育ててきました。そして今や、市民と共に歩み、悲しみや痛みを共有してきた都市が立ち上がり、人類の叡智(えいち)を基に、市民の声で国際政治を動かそうとしています。

唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです。また、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、平均年齢が74歳を超えた被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。

被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた伊藤前長崎市長の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、核兵器のない地球を未来の世代に残すため行動することをここに誓います。

これまで数ある平和宣言の中で、原爆犠牲者以外に哀悼の意を表したことがあっただろうか。かつて本島市長が凶弾に倒れたことがあったが、その年の広島平和宣言は、そのことには触れていない。今年、伊藤市長の名が平和宣言に刻まれたことは、1つの大きな意味を持っているように思える。

広島は広島、長崎は長崎。それぞれの平和宣言に初めて架け橋がかかったような気がした。

歴史はいつも、尊い命を犠牲にして、大切なメッセージをオイラたちに伝える。

原爆で亡くなった人々、凶弾に倒れた市長、それぞれのメッセージを、核兵器が地球上から消えるその日まで、語り継がなければならない。

(関連サイト)

広島市・平和宣言

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2007年8月 5日 (日)

新聞の「オーバーラン」に対する過剰反応が恐い。

最近、ベタ記事だけれど、電車のオーバーランの記事がやたらと配信されている。昔はこんなことで記事にはならなかった。きっかけはやはり、あの福知山線での脱線事故だろう。

思えば不思議な話で、あの事故の運転手は直前の駅でオーバーランを起こしていたけれど、オーバーランが直接事故につながったわけではない。にもかかわらず、あの事故以来、どの新聞もこっちでオーバーラン、あっちでオーバーラン、またもやオーバーランと、ちょっとのことでも騒ぐようになってしまった。

書いている記者が、起こったことの意味を分かっていて書いているのかどうか。

オイラは何度もオーバーランに遭遇したことがある。10両編成の電車が8両の停車位置で止まってしまったなんていう、足りないときもあった。新人さんの運転する電車に遭遇して、駅に止まるたびに位置を直していたこともあった。

オイラの安全意識が足りないのかもしれないが、停止したんなら良かったと思う。逆は困るけどね。それとブレーキが間に合わなくて行き過ぎたんなら、間に合わないのに急ブレーキをかけて車内の人たちがずっこけるよりはマシだと思う。何度も何度も繰り返し起きたら運転士の技術を疑ってしまうが、運転しているのは人間なのだからたまにはミスるさ。

JR西日本の事故の場合、運転士がオーバーランを起こしたことを必要以上に気にして、結果的に事故につながったという可能性が指摘されている。ならば、オーバーランごときで運転士を責め立てたらますますヤバいでしょ。

最近はずいぶん減ってしまった。それは新型の安全装置が普及してきたからだろう。東京の一部の地下鉄では、運転手の意志が介入する部分がだんだん減っている。走り出すと、止まるまでコンピューター任せという路線もあるらしい。

マスコミだけでなく社会もオーバーランに過敏になってしまった気がする。

確かに小さなトラブルは、大きなトラブルの予兆である場合がある。港区の区民向け住宅で起きたエレベーターの死亡事故も、事故の前からエレベーターの不具合が頻発していて、その情報を生かし切れないまま大事故が起きてしまった。鉄道会社としては、オーバーランのようなトラブルも、事故の予兆として把握する必要があるのかもしれない。

で、それは結果としてプレス発表されてしまう。

担当記者はプレス資料を受け取ると、それを小さなベタ記事にする。オーバーランではほとんど現地取材はないんじゃないだろうか。

意味あるんだろうか?

書いている本人は、何を意識して書いているのだろうか。

書くときにちゃんと脳を動かしているだろうか。

小さなトラブルを、大きなトラブルを未然に防ぐための予兆として認識することと、小さなトラブルを深く考えもせずにプレス資料を丸写しして垂れ流すことは、少しも重なる部分はないはずなのだ。

たまに「またオーバーラン」って「また」がついていたりして、何が「また」なんだよってツッコミを入れたくなることもある。

何か大切なことを見失っていないか・・・「オーバーラン」の記事を読むたび、そんなことを感じるのだ。

「事故の原因は、運転士にある」・・・そういうJR西日本の誘導キャンペーンにまんまとマスコミがのせられているように思えてくるのは考えすぎだろうか。

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2007年7月16日 (月)

ちょっと不思議な地震の伝わり方

先ほど少し揺れたので、前のエントリーを上げてからWeathernewsの地震チャンネルを確認してみた。

すると、

23時18分京都府沖(深さ370キロ)M6.6

最大震度は、北海道浦幌町桜町で震度4。

北海道!?

東京の震度は、千代田区大手町で2である。地元京都ではほとんど揺れず。

どうなってんだ?

ちなみに、今日午前中の新潟県中越沖地震は、

10時13分新潟県上中越沖(深さ10キロ)M6.8

最大震度は、新潟県柏崎市などで震度6強。

どう?

地球は丸いんだね。

つくづく地球ってやつの醍醐味を感じながら、今夜は、おやすみなさい。

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その名は「新潟県中越沖地震」

規模は、M6.8でこの地域の地震としては最大のものらしい。

気になるのは家屋の倒壊。テレビのニュースでは続々倒壊した家屋の映像が入っている。柏崎市で4人が亡くなったという情報も。けが人も多数出ている。

亡くなった方は「圧死」らしい。

阪神淡路大震災のときと同じ。今回新潟県知事はすぐに自衛隊に災害救助要請を出したけど、家屋の倒壊の場合、そんなの間に合わない。神戸では亡くなった方の8割は30分以内に亡くなり、死因は圧死だった。レスキュー隊も自衛隊も、30分以内に彼らを助けることなんて不可能なのだ。

あれから12年も過ぎたのに、やはり大地震で家屋が倒壊し、人が圧死する。つくづく変わらないなと思う。

前の記事で、必要なのは予知ではなく予防という趣旨のことを書いたのだけど、いくら正確に予知をしたって建物が倒壊するんじゃ逃げようがない。でも、日本のあちらこちらには耐震強度が弱い建物がたくさんある。

東京だって同規模の地震が襲えば、ひとたまりもない。

旧耐震基準のコンクリートビルなんて山ほどあるもの。

台風が去って、今週は梅雨前線が再び活発になるらしい。梅雨の終わりの雨は強くなる傾向がある。被災地では、台風の雨で緩くなった土地に大地震が襲い、地震でさらに緩くなった土地にだめ押しの雨が降り、大きな余震も続くわけで、これから特に崖崩れなどの土砂災害に注意が必要だ。

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新潟県上中越沖で震度6強の地震…家屋の倒壊も?

目が覚めて布団の中でボーッとしていると、小さな縦揺れ。

おっ、地震かな?

縦揺れは、だんだん大きくなってくる。

数十秒後に、ゆっさゆっさと横揺れ。大地が左右に揺さぶられているような、大きな横揺れが襲った。最初の縦揺れから最後まで1分くらいだろうか。

大きな地震があったときの典型的な揺れだけれど、東京での揺れはそんなに大きくない。

揺れが収まると、Weathernewsの津波メールが届く。最近は、地震の速報より津波の速報が先に届くんだね。注意報は、新潟県。一瞬、震度7を観測した新潟中越地震を思い出す。あのときも、東京も結構揺れた。

続いて、地震メール。東京は震度3だったらしい。

PCのWeathernewsの地震チャンネルで確認してみると、東北から関西まで広い範囲で揺れていて、これは中越地震の直下型とはちょっと違うかな。いずれにせよ正午から気象庁が会見するらしい。

テレビでは、柏崎市で市内の家屋3棟が倒壊したという情報。被害が大きくならなければいいいけど。

さて、こんな機会なので、ちょっと地震について。

首都直下地震が30年以内に起こる確率は70%…これは政府が公式に発表している。オイラが子どもの頃は、大地震といえば東海地震だったけれど、東海地震が起こる前に大きな地震がたくさん起きた。今回の地震だって誰かが予知していたわけではない。結局、地震という自然災害を予知することなんてできないんじゃないかと思う。

大切なのは、いつ地震が起きるかではなく、地震が起きたらどうするか、地震が起きる前にどうすべきか、なんだろう。

政府が東海地震の予知に多額の税金を投入している一方で、毎年のように大きな地震が起きて、尊い命が失われることもある。学者さんに怒られるかもしれないが、本当に地震の予知には意味があるのだろうか。

例えば、オイラは「1週間以内に大地震が来る」と聞いても、普通の生活しかおくれないと思う。朝になれば会社に行き、普通に汗をかき働き、夜にはおんぼろアパートに戻ってくる。そうする以外に手がないから。「地震が来ますから」と会社を休んだら、仮に地震が来たとしても、会社からオイラの机はなくなると思う。予知なんかされても、どうすることもできないんだよね。

地震に強い街をつくる。それが、本当の地震対策。

被災地の皆様にお見舞い申し上げます。

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2007年7月14日 (土)

台風が来ると妙にテンションが上がってしまうガキっぽいオイラ

台風4号マンニィが九州に上陸して、日本列島の太平洋岸沿いを縫うようにして関東に向かっている。

まずは、プチ知識。

今回の台風は、台風本体が最接近する時間よりも、6時間くらい早く、雨と風のピークがやってくる。

これが、大切な特徴なので要注意を。

台風はまだだから大丈夫と思っていると、それよりもかなり早く家の外は暴風雨ってことになる。

子どもの頃から台風が近づくとテンションが上がる。

生まれた場所は名古屋だから、伊勢湾台風で大被害があった話を両親や学校の先生から聞かされていて、台風の怖さを知っていたけど、どういうわけか台風はオイラのテンションを上げてしまう。

まあ、本当の怖さを知らないってことでもあるのかもしれない。

ずいぶん昔に工藤夕樹さんが主演で『台風クラブ』って映画があった。あの映画でも、台風は大災害ってイメージより、学校が休みになったり、いつもと違う非日常を体験できる楽しい機会って感じだった。

不謹慎極まりないし、今のように大人となっては、台風は警戒すべき気象現象なのだが、いかんね、やはり近づいてくると自然と胸躍ってしまう自分がいる。

人って、自分が災害に遭うなんて思っていないんだよね。

まさか、死ぬとは思っていない。

明日は夕方にライブがあるから出かけるのだけど、東京は台風が直撃。

電車は動くのだろうか。

てか、出歩いちゃいかんだろ。

それでも出かけちゃうんだよなー。

皆さん、くれぐれも台風に警戒を。

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2007年4月19日 (木)

おかえりなさい、ペコちゃん

070419_190801 スーパーやコンビニの店頭から姿を消していた不二家の製品が、ようやく復活した。昨日、オイラは地元のコンビニで、この画像のペコちゃんを見つけて、さっそく買ってしまった。今日、帰りに陳列棚を見ると、すでに売り切れ状態。

おもしろいもんだね。みんな、あれほど不二家を嫌っていたはずなのに、復活したらしたで、さっそく買い占める。

みのもんたが、どんな説教をかまそうが、TBSがどんなねつ造を放送しようが、消費者というのは、案外自分の判断で行動するものだなと思った。

でも、不二家さん、勘違いしちゃだめ。

今回、ペコちゃんの復活に喜んでいる消費者は、あくまでペコちゃんが復活して嬉しいのであって、不二家さんの不祥事を許してしまったわけではないということ。つまり、不二家さんは、ペコちゃんという救世主に助けられたわけだ。

それは、ある意味、不二家さんが、長い年月をかけて培ってきたブランドの賜なのかもしれない。社員の皆さんは、ペコちゃんをとことん拝んでいただきたいと思うのだ。

4月18日、不二家は、「不二家の再生に向けて」というプレスリリースを流している。

不二家の再生に向けて(PDF、PCのみ)

ミルキーを味わうのは、何年ぶりだろうか。10年くらい遠ざかっていたような気がする…。

「ミルキーはママの味」

…この、とてつもなく、こっぱずかしいフレーズが、妙に暖かい。

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2007年4月18日 (水)

選挙という死角を狙った卑劣な凶弾

暴力団幹部の凶弾に倒れた伊藤一長長崎市長が亡くなった。

伊藤さんは、4選を目指して、長崎市長選挙に立候補し、選挙の遊説を終えて、長崎駅前の選挙事務所に帰ってきたところを後ろから撃たれた。

選挙は、政治家にとって無防備になる期間でもある。選挙カーから身を乗り出して、市民に向かって手を振る。駅前の交通広場で、大勢の人たちの視線を一身に集めて演説する。商店街を、市民と握手したり談笑しながら、練り歩く。市民から見えやすいように演出するし、市民に身近な存在としてアピールする。

怖い顔したSPが候補者の周りを取り囲んでしまったら、集まる票も集まらなくなる。警護がいらないわけではないが、過剰な警備をすると、支持拡大に影響する。

だから、基本的には、よほどの大物ではないと、候補者は無防備なのだ。

今回、伊藤さんを撃った犯人がどの程度それを認識していたかは分からないが、普段なら執務中は、市役所の庁舎内の市長室にいるだろうから、そこまで銃を片手にたどり着くのは至難の業だ。行き帰りは、職員が送り迎えするだろう。なかなか、襲えるものではない。

核兵器廃絶と平和の取り組みに尽力した人だった。長崎からの被爆者たちの声を、世界に伝え続けたメッセンジャーだった。基本的には保守系の政治家だが、様々な発言からは、保守や革新という枠にはまらないバランス感覚のある人だったように思える。今回の選挙も、実質的には自民党・民主党などの支援を受けていたものの、政党の推薦は受けていなかった。

今、全国の自治体で策定が進んでいる国民保護計画について、伊藤さんは、国が定めた基本方針が核兵器攻撃への対処を定めていることに対して疑念を示し、被爆の惨状を誤解される恐れがあると、市の国民保護計画から削除するよう市の国民保護協議会に諮問した。

2006年12月8日長崎市議会定例会本会議での伊藤市長の発言

 国民保護計画の策定は、国民保護法第35条第1項の規定に基づきまして、市町村に義務づけられた法定受託事務でありまして、長崎市といたしましても作成を進めているところであります。
 長崎市といたしましては、この国民保護計画を万が一の有事の際を想定した危機管理計画として作成しなければならないものと認識いたしておりますが、あわせて国民保護計画に基づく措置が実施されることが決してないように、最大限の努力をする必要があると考えております。
 また、国が策定した基本指針においては、核兵器攻撃からの対処方法が定められておりますが、核兵器が再び使用されれば、国民保護計画に定められる措置が不可能となる大きな被害が生じることは、被爆の惨状を経験した長崎市の市長として十分に認識をいたしております。このため、核兵器攻撃による具体的な被害想定及びその対応策を国の責任において示すよう、2度にわたり国へ要望をいたしましたが、現在まで、残念ながら明確な回答は得られていない状況にあります。
 長崎市といたしましては、これらの要望に対する国からの明確な回答がない場合は、長崎市国民保護計画の中から核兵器攻撃の対処に関する記述を削除する方向で、国民保護協議会にお諮りしたいというふうに考えているところでございます。
 また、あわせて国民保護計画を作成するに当たって、長崎市が過去経験した原子爆弾による被害と惨状、長崎市の平和理念、長崎市の平和活動と今後の取り組みを国民保護計画の中に盛り込み、被爆都市長崎市の平和行政の基本的考え方を明確にすることといたしております。
 いずれにいたしましても、核兵器廃絶、世界恒久平和を希求する長崎市といたしましては、この国民保護法が適用される事態とならないよう努めることが何よりも重要であると考えておりまして、今後とも恒久平和実現に向けた努力を積み重ねてまいらなければならないというふうに、気持ちを新たにしているところでございます。

今思えば、一癖も、二癖もある政治家だった。

オイラは、長崎が大好きだ。子どもの頃、生まれて初めて、「被爆」の現実を教えてくれたのも、長崎だった。坂の町が印象的で、町のどこからも海が見えるのがうらやましかった。何度も訪れた。

この地で、2度にわたり、市長が凶弾に倒れた。本島市長は一命をとりとめたが、伊藤市長は道半ばにして命を落とした。

彼が残したメッセージには、オイラたちがたくさん受け継がなければならないことが溢れている。今一度、1つ1つの言葉を噛みしめておきたい。

長崎平和宣言(PCのみ)

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2007年4月17日 (火)

人間はいったい何をしているのか

ニュースを見て、こんなに怒りが渦巻いたことはない。

今日はまず、伊藤一長長崎市長が、昨年8月9日に発表した「長崎平和宣言」を紹介したい。

 「人間は、いったい何をしているのか」
 被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。
 1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4千人の人々が亡くなり、7万5千人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、凄まじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。
 しかし、未だに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。
 10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。
 6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。
 核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。

 昨年、189か国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。
 核保有国は、核軍縮に真摯に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。
 核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。
 また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。
 繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。

 61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。
 本年10月、第3回「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。
 被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。

 最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。

2006年(平成18年)8月9日 
長崎市長 伊 藤 一 長

そして、今日。

伊藤一長市長が、凶弾に倒れた。長崎市では、本島等市長が狙撃されて以来、2度目の首長への凶弾である。本島市長は、「昭和天皇の戦争責任」発言を理由に、右翼団体幹部から銃撃された。そして、今度は、長崎市長選挙に候補者として立候補し、遊説していた伊藤さんが撃たれた。

人間はいったい何をしているのか

・・・怒りと悲しみで言葉が出ない。伊藤さんが自ら語った、この最初のフレーズが、一番しっくりきた。

人間はいったい何をしているのか

何をしているのか

何を…

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2007年4月 5日 (木)

「このバス、東京ビッグナイトに行きますか? ほら、六本木の」「???」

070405_131801 さすが、都営バスの運転手さんである。お孫さんを連れたおばあちゃんから、タイトルのように聞かれて、しばらくは帽子の上空を「?」が飛び交っていたのだけど、ハッと気づいて、「ああ、このバスでは通らないけど、麻布十番で降りれば、近いよ」と言った。

そう、東京ミッドタウン(PCのみ)のことだったのだ。

そんなことがあったからではないけど、午前中の仕事帰りに寄ってみた。

何てことはない、普通に再開発ビルなのだけれど、平日だというのに、人、人、人…。日本人って、こーゆーのに弱いんだなー。

桜並木が葉桜になりかけていて、季節の移り変わりを実感。公園やら桜並木やら、フリーに座れるテーブルと椅子など、六本木ヒルズと比べて、お金を使わずにのんびりできる場所が多いのが好感できた。お弁当を買って、外のテーブルでお食事ってのも可能だ。

070405_132701 なんて言いながら、オイラはスタバで一服。

それにしても、六本木ヒルズ、新国立美術館に続き、六本木に新たな名所。物珍しくて、みんなが見物に来るのがいいとして、ここで働ける人は、ほんのごくわずかなんだろう。六本木なんかに住むだけの収入がある人は少ないだろうし、ここで費やしたお金が、回り回って自分の懐に戻ってくるわけでもなし。

それでも、日本人は大挙して押しかける。

いやはや、日本人だよなーって、痛感した。

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2007年3月25日 (日)

つきなみですが、能登沖地震の被災地の皆様にお見舞い申し上げます。

帰りの山手線の車内で、某若者のメッカに勤めるギャル店員らしき2人の会話。

先輩「今日、超巨大地震来たよね」

後輩「知らないです。え、何度くらいですか? 」

先輩「石川県で震度6強だって。超大きくない?」

後輩「そうなんですか? あたし、そういうの分からないです」

先輩「大きいよ。関東大震災で震度7だったでしょ。今度が震度6強だから」

後輩「ええっ、それやばくないですか。えっ、大丈夫ですか?」

先輩「ん?……うん、大丈夫」

後輩「石川県って、東京にも近いですよね

先輩「近いけど…」

後輩「全然知りませんでした。それ、いつですか?」

先輩「友達が寝ていて、起きたときにテレビ見たら、9時四十何分か?」

後輩「え、地震が起きて、友達は大丈夫だったんですか」

先輩「いや、地震が起きたんじゃなくて、友達が起きたんだよ」

後輩「あ、そうなんですか」

先輩「噛み合ってないなあ」

後輩「すみません。そういうの、全然分からないんですよね。東京に来たら、マジ死にますよね」

先輩「うん、かなり死ぬと思うよ。最近、地震多くない?」

後輩「ええっ、いつですか。知りませんよ、あたし」

先輩「何日か前もあったでしょ」

後輩「知らなかったです。何年か前には何回かありましたよね

先輩「いや、結構あるでしょ」

後輩「よく、地震や火事のときはお客様を誘導してっていうけど、絶対そういうとき、それどころじゃないですよ」

先輩「そうだよね。こっちが逃げちゃう」

 

田舎の場合、お年寄りが被害を受けるケースが多いけど、東京で大地震が起きたとき、最初に死ぬのって、こーゆー人なんだろうなーと思いながら、帰宅した。

東京にも、間違いなく、こーゆー地震がやってくる。

予知とか前兆とかって話ではなく、大地震が来ない土地など、どこにもないのだ。

ただ、今のように東京に人口が集積してからは、まだ一度も巨大地震が来たことはない。

次に来る大地震は、関東大震災級ではなく、その合間に来る首都直下地震だと言われている。確率は、30年以内に70%。

確率はともかくとして、常に覚悟しておいて損はないと思う。

先輩「超巨大だよ」

後輩「マジっすか」

…今度は、こーゆーアホ会話では済まないんだから。

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2007年2月27日 (火)

風邪で2日連続会社を休むのは久しぶり

とにかく、週末から、咳が止まらなかった。痰がひどくて、マヨネーズをどぼっと出してしまったような痰が出る。でも、熱はなくて、身体はピンピンしているから不思議だ。さすがに今日は会社に出たかったが、朝、声を出してみたら、ガラガラ声で、別人みたい。会社に半休しようと電話をしていて、すでに自分の声がガラガラどころかさっぱり出ていないことが分かって、かすれた声で、

今日も1日休みます。

電話の向こうの上司も、それを聞いて、しゃあーないなという感じだった。

そんなわけで、ブログを書くパワーもない。

今夜は、こんな記事を1つ紹介しておこう。

<ネット脅迫>掲示板で家族評論家を攻撃 東京の会社員逮捕(Yahoo!ニュース・毎日新聞)

 インターネットの掲示板「2ちゃん