清原和博の背水の陣
オリックスの清原和博が、久しぶりに1軍に合流した。
今シーズン限りで引退を覚悟した背水の陣である。
無冠の帝王としてプロ野球界に君臨した番長・清原。西武時代から知っている同じ年としては、彼が球界にいるうちは自分も「若い」部類に入ると勝手に思っている。
逆に言えば、ここ数年、試合にも出られない状況が続いたのは、オイラも年をとったんだなーというシグナルでもあった。
オイラの記憶が正しければ、清原のピークは、入団5年目だった。
1年目、いきなり3割30本打った怪物は、2年目をジンクスに悩んだ。が、ジンクスというわりには、打ちに打った。打率が2割中盤、本塁打20本台中盤、その辺の普通の野球選手と変わらない成績だったが、絶大な存在感があった。
当時、まだ屋根がなかった西武ライオンズ球場では、彼のマーチが轟くと、何かが起こると思った。
打率や本塁打が少ないのは、チャンスが少ないからだと本気で思ったものだ。清原っていうより、3番の秋山がんばらんかいと。
それが、6年目だったと記憶しているが、シーズン当初からさっぱり打てなくなった。
明らかに死球を恐れて内角の球を意識しすぎて、調子を崩していた。
1992年、西武とヤクルトとの日本シリーズ、第7戦の試合最終盤、覇気のないプレーをして、交代させられ、優勝の瞬間、ベンチに下がっていたのが象徴的だった。
確かに本塁打を20本以上打ち、時には30本も。
だが、5年目までの彼は、もうグラウンドで見ることはなかった。
読売に移籍するときにも、「こりゃ、苦労するな」と感じていた。案の定、さっぱり打てなくなってしまった。6年目からの不調を、そのまま引きずったようなプレーが続いた。
すでに5年目で終わっていたにも関わらず、マスコミは彼を「無冠の帝王」ともてはやし、英雄扱いした。一方、「番長」というキャラを演出して、悪者扱いもした。
清原和博という人物を、客観的に深層まで迫れたマスメディアが、果たしてあっただろうか。どのスポーツ紙も、テレビの真面目な報道番組でさえ、虚像ばかり追いかけて、清原が清原たる所以に迫ることはできなかった。
今夜、テレビの画面で、神妙に語る清原和博は、それまでの清原とは、違う。
瞳はうるみ、言葉を1つ1つ選び、強気な姿勢は感じられない。
明らかに、彼の中で何かが終わっているように見える。
その顔は、40歳を迎えた、衰えた顔だった。
今年は、桑田真澄も球界を去った。彼も、あがきにあがいた末の引退だった。
潔くはないが、40歳のおっさんの悪あがきは、嫌いではない。
さっぱりした表情の桑田は、読売時代の、は虫類のような不気味な表情は影を潜め、同じ世代として共感できるものだった。
野茂英雄も、今年で40歳。彼も、さんざん悪あがきをして、ついに引退を迎えた。日米通算200勝という金字塔を打ち立てた彼は、日本を去るときにマスメディアの激しいバッシングにあった。
楽天が交渉とか報道されたが、日本の球界なんかに戻るわけがない。メジャーリーグでの終わりが、彼の野球人生の終わりなのだ。
今更、球界のヒーロー扱いしているマスメディアが、あまりにも痛い。
オイラも、ほんの1週間ほど前に40歳を迎えた。悪あがきの度合いは、清原や桑田、野茂には負けない。器があまりにも違いすぎるが、おっさんは誰でも、40歳の節目に、最後の悪あがきに目覚める。
清原の背水の陣、それは入団6年目からすでに始まっている。
永遠の4番バッターは、苦悩の4番バッターだった。
すでにシーズンは終盤、清原の最後の悪あがきをしっかり見定めたいと思うのだ。
ところで、オイラは、高校野球が大嫌いだ。
この時期、明けても暮れても、テレビと新聞は、高校野球を追いかける。メディアは、よってたかって理想の高校生を演出しているが、あのグラウンドを駆け回る高校生たちは、現代の高校生の中で最も異質で現実離れしている。あれを見るたびに、「大人社会って、やっぱり建前なんだな」としらける。
少なくとも、オイラの卒業した高校の、「高校球児」は、グランドの上だけ爽やか高校生を演じて、野球を離れた途端、どこかの漫画に出てきそうな、滑稽なほど典型的不良少年だった。
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コメント
清原は掛布と同じでボールを怖がりケツを引く時点で野球人生が終わっていた。
投稿: 髙橋淳一 | 2008年8月 3日 (日) 10時08分