1、2、3、4・・・これからも
振り返ろうと思っていながら、何となく時間が過ぎてしまった。この1週間、2つのライブに顔を出した。
1つ目は、12月6日に四谷天窓.comfortのめぐめぐズのライブ。
2つ目は、12月9日に日吉Napのusuライブ。
どちらもusuつながり。そして、今年のusuの歌い納めでもある。
それにしても、うすうたに出会って4年。いつの間にか4年。もしかして4年。でも、ずっと前から聴いていたような、母親の子守歌のような不思議な感覚なのだ。
usuに出会ったのはもう4年も前のことになる。前にもここで書いたけれど、池袋の東武百貨店の2階でインストアライブをしていて、そのときに歌姫の1人として登場したのだ。
あの瞬間がなければ、たぶん生涯、ピアノ弾き語りのライブに顔を出すなんてことは、決してなかったかもしれない。
当時、オイラは、四谷天窓すら知らなかったのだから。
最近のうすうたのテーマは、「ありのままに」「私らしく」なのだけど、オイラはちょうど4年前、「ありのまま」の意味も、「自分らしく」の意味も分からないで、何となく彷徨っていたのだ。歩いたところで答えがあるわけでなく、音楽を聴いたから答えが出るわけでもないけど、たまたまそこで出会ったのがうすうただったというのは、もしかして運命とか、導きだったのだろうか。
あれから4年、とにかくオイラはこうして生き残ってきたのだ。
「ありのままに」と「自分らしく」は、似て非なるものだと思っている。
「ありのままでいる」とは、大きな時代や社会の流れの中に身を任せて、それでも自分なりの心を持ち続けることだと思う。「自分らしく」とは、どんな時代や社会でもうちに秘めた自分を忘れないで、我を貫くことだ。
だから、本来は、ありのままに、しかも自分らしくいようなんて、二兎を追うようなものなのだ。
もしかしたら、うすうたは、そういう葛藤の歌なのだろうか、と思うことがある。
難しいことを言うと、「社会に流される」というとまるで弱い人のように聞こえるかもしれないけど、現代の社会で、ちゃんと社会に流されている人はなかなか才能のある人だと思う。流されるのも痛いくらい、現代って厳しいのだ。本当は流されるって難しいことなのだ。
例えば、「学校に入り、卒業して、就職して働く」という究極の「流される」は、かなり難しくなっていて、ニートだとか引きこもりなんてのが増えている。
実は、楽な生き方なんてないんだろう。
痛いけど流される。つらいけど自分でいる。
そんな究極の葛藤をくぐり抜けると、言葉にならないような答えがあるような気がした。
大丈夫♪大丈夫♪
うすうたに導かれた4年間。
数え切れないほど足を運んだライブの1つ1つは、何となく時間が過ぎているようで、実は何か意味があったような気がしている。
ところで、オイラのブログの初期のエントリーを書籍化することにした。
って言っても、書店に並ぶわけではない。
数冊だけの限定版。
詳細はまた今度。
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