前市長の思いを受け継いだ長崎平和宣言
今日は8月9日、長崎に原子爆弾が落とされた日。
凶弾に倒れた伊藤前市長にかわり、市長選挙で初当選した田上富久新市長にとって初めての平和宣言の朗読である。
「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」
原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、12年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年4月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。
今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。
爆心地に近い山王神社では、2本のクスノキが緑の枝葉を大きく空にひろげています。62年前、この2本の木も黒焦げの無残な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆2世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時が経ち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決して諦めません。
伊藤市長ではないということに少し違和感を感じてしまうくらい、まだあの事件にリアリティを感じ切れていない。
日本人でさえも、原爆の怖さを知らずにいる人は多い。北朝鮮が核兵器を持つというなら日本も持つべきと思っている人もいる。でも、核戦争に勝者はいない。それは所有した時点で破滅を意味している。破滅するのは自分の国や都市だけではない。地球を丸ごと破壊する。北朝鮮の核兵器を絶対に許してはいけないし、そんな破滅の道を歩む国の真似をする必要などない。
「人間は、いったい何をしているのか」
このフレーズは、昨年の平和宣言で伊藤前市長が最初に放ったフレーズだ。
あらためて、今年も問うてみたい。
人間は、いったい何をしているのか。
(関連サイト)
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コメント
長崎原爆忌には何年か後のその日に生まれたもので、私にも特段の思いがあります。
本日のNHKニュース9。田上市長の素案には「非核三原則の法制化」は入っておらず、被爆された方などから強い批判があったこと。それが、久間前防衛大臣の「しょうがない」発言で田上市長も「法制化」を平和宣言に入れざるを得なくなった。
と言う様な特集がありました。
久間発言、あっちこっちで逆風を起しているようですね。
投稿: 陸壱玖 | 2007年8月10日 (金) 01時27分
これはこれは、1日遅れですが誕生日おめでとうございます。
長崎は、中学生の頃、生まれて初めて一人旅で訪れた場所です。「原爆」「被爆者」・・・初めて見聞きしたものに大きなショックを受けました。
今年は広島も長崎も、久間発言を意識した宣言になりましたね。長崎の歴代市長はみんなバリバリの保守派で、現市長もそれは同じはずですが、それでも非核三原則の法制化を叫ばずにはいられない、それが被爆地の市長なのだなと。
投稿: mori-chi | 2007年8月10日 (金) 09時13分