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2007年8月19日 (日)

【秋庭系東京地下物語'07《隠蔽》】(第5話)隠された内田祥三「大同の都市計画」の秘密

最初は内田祥三に触れるつもりはなかった。

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生の『帝都東京・隠された地下網の秘密2』(新潮文庫)は、確かに内田祥三を地下計画を設計した建築家として妄想しているが、その部分の著述は荒唐無稽である上に、意味不明で分かりづらく、オイラが触れるまでのものではないと思っていたからだ。でも、たまたま見つけた文献を読み進むうちに、ル・コルビュジエとの意外なつながりを見つけたので、ここで取り上げておくことにした。

内田祥三の「満州農業移民居住地試案」については、下記のサイトを参照していただきたい。

地下妄の手記「BY WHOM DOES TRUST HIM?」

上記のサイトを読むと秋庭先生の「省略による改竄」というのがよく理解できると思う。

オイラが焦点をあてるのは、「大同の都市計画」である。

とはいうものの、私は、この都市計画が大同のために立てられたとは思っていない。ここでは、最初に結論だけ述べる。「東京近郊」の模型はそのためにある。
「舊都市」というのはおそらく江戸城である。その左にある「工業都市」は国会議事堂である。そこから上に延びていくのは幻の地下鉄新宿線、いま、そこには丸ノ内線が走っている。これをななめに横切るのは半蔵門線、その先の「鑛業都市」は四谷である。計画案の右上へと伸びているのは東西線。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫、P206)

さあ、大変である。内田祥三がわざわざ大陸まで出かけていき、都市計画の図に地下鉄路線網を描いたのだから・・・。

秋庭先生の真似をして、オイラもここでは、最初に結論だけ述べる。

戦前の東京の都市計画図は、これが最後ということになる。幾何学模様についても、これ以上の資料は探せていない。『輝く都市』のB3の形も、どのようなものかはわからなかった。
ただ、私は満州の試案がそれではないかと思っている。中村のプランを政府案に決める前に巨頭による会合が開かれ、コルビュジエが翻訳されたものではないだろうか。(『同』P219-220)

「これが最後」の「これ」は、大同の都市計画を指している。もうここまでブログを読んでくれた方は、中村のプランと『輝く都市』との関係などタイムマシーンがなければ妄想できないと分かっていただけるだろう。

「満州農業移民居住地試案」が発表されたのは、昭和8(1933)年。第2話で書いたように、ル・コルビュジエがソビエト当局に「輝く都市」と題した計画を提出したのは1930年だが、それが『輝く都市』として出版されたのは1935年である。つまり、昭和8年の段階では巨頭が会合を行ってコルビュジエを翻訳したくても、そもそも翻訳すべき『輝く都市』そのものが存在しない。

また秋庭先生は、仮説の初っぱなでこけたのである。

では、おもしろいものをお見せしよう。

Photo これが「輝く都市」の地下鉄網である。

例によってスキャナがないので見にくくて申し訳ない。地下鉄ルートのモデル図である。どれがB1とかB2とかという解説は書いていないようだ。ただ、「300万人のための現代都市」と同様、長距離用の十字の路線、四角く近郊市街地を結んでいる路線、蝶々型にループしている路線がある。

第4話の「輝く都市」の画像と重ねてみていただきたい。どうだろうか。ダイヤモンドカットは見つかっただろうか。

もともと「輝く都市」はパリを前提とした都市ではないので、秋庭先生の仮説の前提がすでに崩れてしまったいるのだけど、それでも100歩譲って、「輝く都市」のB3があるとしたら、これくらいしかない。ご覧の通りである。

巨頭はいったい何を会合したのだろうか?いったい何を翻訳していたのだろうか?

 方位円の西南西の針のようなものを伸ばすと、本書の矢印の向きと交差する。その交点には印刷時のゴミかと間違えそうな黒いシミがあって、しかし、こんなシミのようなものは見逃すわけにはいかない。どうしても漢字が置けないような場所には、しばしば、こんなシミが見受けられた。
 この手のシミに初めて気づいたのは、実は、コルビュジエの作品集だった。コルビュジエの設計図には、ときにトンボのようなものが宙を飛んでいたり、ときに白っぽいシミのようなものがどこにもあった。当初、そんなものの位置に法則があるなどとは考えてもいなかったものの、ふと、そんな気がした後、気をつけて見ていると大同の計画にも同じようなものがあった。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫、P217)

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上記の2つの画像は、どちらも大同の都市計画の「黒いシミ」のある該当箇所である。左の画像には「黒いシミ」があるが、右の画像にはそれがない。

左は、『内田祥三先生作品集』(鹿島研究所出版会)からの複写である。右は、『建築雑誌』1939年11月号と12月号に掲載されている「大同の都市計画に就て」という内田祥三の講演記録(昭和14年9月21日)からの複写である。前者は戦後、後者は戦前に発行されている。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』では、左の『作品集』から複写したらしい。

そうなのだ。

この「黒いシミ」は、印刷時のゴミなのだ。

以下は、『建築雑誌』からの引用である。

 昨年6月末、晋北自治政府から非公式の交渉がありまして、續いて7月末、正式の依頼によりまして、東京美術學校講師の關野克君、東京帝大助教授の高山栄華君、それから長男の祥文が大學院に居りますので、此の三人と一所に出張することになつたので御座います。
 9月12日東京發、途中、奉天、北京、張家口などを見物し、23日に大同に到着致しました。大同滞在は約3週間で、10月13日に大同發、北京を經て満州國に入り、承徳、新京、ハルビン、吉林などを見學致しまして、10月25日に歸京したので御座います。
 大同滞在の3週間の中最初の1週間は見物や調査に費し、あと2週間で、大體の設計圖書と關係法規や制度の立案を致しました。

戦時中に大の大人が4人も大陸に渡り、3週間も大同に滞在したあげく、設計したのは東京の丸ノ内線に、半蔵門線に、東西線だった・・・。

そんなやつ、オイラが陸軍の大将なら帰国後、即刻切る(爆)

東京の地下網を描きたいなら、東京で描けば良い。何が悲しくて中国旅行までして、東京の地下網を設計したのか。しかも、この大同の都市計画は、内田が設計したものとは少し異なるが、一部実行に移されている。大同で東京の計画をやっているのだろうか。

しかも、である。極秘地下網の計画を、内田は東京に帰国後、公明正大な講演会で「大同の都市計画」として披露している上に、地上の計画を前提にした解説までご丁寧に行い、さらにトドメとして講演記録が誰でも手に入れることができる雑誌に掲載されてしまっているのだ。

陸軍の浄法寺朝美大佐、建築家の内田祥三。二人の巨頭の反骨の遺志に導かれ、本書ではその足跡を克明にたどった。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫、P269)

秋庭先生、心にもないような台詞は書かない方が良いと思う。内田祥三が息子を引き連れてわざわざ大陸の植民地を観光旅行し、現地で東京の地下計画を設計し、帰国後に大同の都市計画でございますと嘘の講演会を開いた。・・・そんな妄想を本で暴露しておいて、「足跡を克明にたどった」というなら、内田祥三の名誉を著しく侵害しているとしか言いようがない。

 

ところで、大同の都市計画の設計に携わった内田祥三の息子・祥文の話をしておこう。

内田祥文は、1913年生まれで、丹下健三氏と同じ世代である。日本大学工学部建築学科を卒業後、東京帝国大学工学部大学院に入学し、木造家屋の火災の研究をし、大学院修了後は工学部の講師となり、1942年に『建築と火災』(相模書房)という著作を出した。1945年には工学博士となったものの、翌46年に33歳という若さで亡くなっている。

内田祥文は、1941年に仲間の建築家と共同で展覧会を開き、その概要を『新建築』4月号に「新しき都市」特集として発表した。そのときの都市デザインの鳥瞰図と平面図が、祥文の死後7年を経て出版された改訂版の『建築と火災』に掲載されている。

この鳥瞰図と平面図が、まさにル・コルビュジエの「輝く都市」を彷彿とさせるものだった。

『新建築』に発表されたときには、「覚書5・都市形態」の中に参考資料として「輝く都市」が紹介され、ル・コルビュジエの言葉の訳文が掲載されている。

鳥瞰図では、住宅棟がピロティで1階上に持ち上げられている。平面図でも分かるジグザグに伸びた建築群は、コルビュジエの都市にとても似ている。戦時中にフランスの建築家の考え方をもとに都市計画を発表するというのは、なかなか大胆だと思う。おそらく東京の都市計画に「輝く都市」の考え方やスタイルを応用させたのは、この「新しき都市」が最初で最後だったのではないだろうか。

ところが、秋庭先生、祥文の都市計画にはさっぱり興味がなかったようだ。コルビュジエとは縁もゆかりもない計画をコルビュジエと無理矢理こじつけているくせに、せっかく戦時中にコルビュジエの「輝く都市」を世に広め、自らの都市計画にも応用しようとした人物にはまったく触れずじまい。

秋庭先生は、ル・コルビュジエについて、まだ何も知らない。

今回、様々な資料を調べて、それを痛感した。

 

次回はいよいよ、後藤新平の帝都復興に迫る。

(つづく)

【秋庭系東京地下物語'07《隠蔽》】

(第1話)隠されたル・コルビュジエ「輝く都市」の秘密・前編

(第2話)隠されたル・コルビュジエ「輝く都市」の秘密・後編

(第3話)隠された中村順平「東京近郊」の秘密・前編

(第4話)隠された中村順平「東京近郊」の秘密・後編

(第5話)隠された内田祥三「大同の都市計画」の秘密

(第6話)隠された後藤新平「帝都復興」の秘密・その1

(第7話)隠された後藤新平「帝都復興」の秘密・その2

                   ・・・(補足

(最終話)隠された後藤新平「帝都復興」の秘密・その3

(関連サイト)

地下妄の手記

(関連書籍)

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コメント

拙文のご紹介痛み入ります。
秋庭さんの「輝く東京」における、ル・コルビュジエ、中村順平、内田祥三各氏に対する冒涜行為、特に内田祥三氏に対するものは、貴台の指摘の様に、「うちだよしかずせんせいさくひんしゅう」を好き放題、改竄、歪曲して、内田氏の人格捏造ですものね。
あの作品集自体が、内田の長寿記念に内田の作品、後期のものは実質内田祥文の作品ですから、逆縁となった祥三を慰める意味も含んで、その作品と弟子達各自の寄稿で出来上がったものですよね。
その弟子の寄稿文、そう、あの、景観を損なう設計を、「根本的に誤っている」とする内田の発言を、テーマ部分を隠して、(ありもしない)既存地下構築をそのままに首都高速に利用する、そんな走行安全を損ねるような設計を「根本的に誤っている」、と改竄歪曲しているところ。など、人格の捏造、その人の業績の歪曲など人権侵害の最たるものだと思います。
そんな、歪曲、改竄、捏造だらけの嘘本を文庫にまでする大手出版屋。中で、誰か止めろよ、と言う人は居ないんでしょうか?

投稿: 陸壱玖 | 2007年8月20日 (月) 01時50分

おはようございますm(__)m

マスメディアは基本的に売れさえすればオカルトだろうが、いんちきだろうが、何でもいいのでしょうね。オカルト批判で知られる早大の大槻教授は、スピリチュアルブームを批判しようとしても出版社やテレビ局が受け入れてくれないと嘆いています。金になるか否かが本を出す唯一の基準で、真実云々は二の次、どころか考えてもいない。

ネットの片隅からささやかな声を挙げるしかないのでしょう。

投稿: mori-chi | 2007年8月20日 (月) 08時30分

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