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2007年7月の38件の記事

2007年7月31日 (火)

眞鍋姉さん、風呂上がりのだらしない姿もめんこいなー・・・って、めんこいってどこの言葉?

オイラのばやい、名古屋で生まれ、名古屋で育ち、大学は京都に出て、卒業したら東京に出て、東京でプー太郎して、就職してずーっと東京に住んでいて、9月には神奈川県民になるようなタイプだとね(笑)、言葉がめっちゃくちゃになる。

確かに京都に住んで最初のうちは名古屋弁だったけれど、あっという間に関西弁に順応してしまい、それどころか、ツッコミとかボケってやつも習得した。

ようやく関西のノリに慣れてきたと思ったら、次は夢を抱いて東京へ。標準語が今ひとつピンと来ない。外国語みたい。

最初の1年くらいドラマシナリオの勉強をしていたんやけど、登場人物はみんな関西弁。標準語の人物のほうが少ない。

標準語でしゃべっている人たちからすると、そういうドラマって、「台詞に感情がこもっている」ように聞こえるらしい。

田舎の言葉って、その人のキャラクターを表しているんだね。

関西弁の人物を出すと、たいていキャラがハッキリしてくれる。

逆に標準語は冷たいイメージ。

どっちも同じ人間なのにちょっと不思議だよね。

そんな愛媛なまりな眞鍋姉さんにトラックバック。

思えば、今は関西弁と標準語が混ざったオイラ弁になっている。

名古屋弁は、思い出したくても思い出せないくらい遠い過去。銀座で矢場とんのみそかつを死ぬほど食べても、もう蘇ってくれなくなった。

もしかして心情的には京都が故郷なのかなー。

昔は名古屋弁が出るのが恥ずかしかった時期がある。誰も「みゃー」なんて言ってないんだけど、どうも汚い言葉のイメージがあった。コンプレックスなんやろか、今でも関西弁のほうが不意に出てくることがある。

突っ込みやすい、ボケやすい。

関西弁って、突っ込むツールだし、ボケるツールなんだろうな。

って、オイラの思いこみ?

(関連サイト)

眞鍋かをりのココだけの話

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2007年7月30日 (月)

うろたえるなっ!

・・・なーんてね、例えば、あるお城が敵勢に攻められて落城寸前。周りは敵兵に取り囲まれ、動揺した家来たちがお城の天守閣をのぼって逃げてくる。

「殿様、もう駄目じゃ」
「降参しましょう」
「このままでは全滅ですぞ」

白旗上げろと懇願する家来たちに向かって城主のお殿様が、

うろたえるなっ!

なーんてね、家来たちが静まりかえる。そこで、お殿様がお城を守るための秘策を思いつく。

かっちょいいよね。

仮にお城は明け渡しても、そこにいたお殿様も含めて家来たちも無事に城を抜け出したりして。どこかで密かに城を奪い返す準備をして・・・。

そーゆー時代劇、ロマンがある。

うろたえるなっ!!

ところで、昨夜未明に落城寸前まで追い込まれた城主が、日本にもいたよね(笑)

最近はテレビの出口調査も充実していて、午後8時きっかりに与野党の勢力分布まで発表されてしまう。

そんな情報を事前に聞いていたんだろうか、投票箱が閉まる前に家来が城主に会いに行って、「どうかこの戦が負けても、お殿様はおやめにならないでください。そのかわり、私が切腹して責任をとりますので」ってな具合だったらしい。

いや、違うかな。

「お殿様、もう限界です。おやめください」と言われ、

「うろたえるなっ!」

って一喝したのかな。

まあ、どっちにせよ、まだ落城したわけではない。本丸は衆議院なわけで・・・(笑)

敵の殿様も、体調万全ってわけでもないらしい。

うろたえるなっ!!!

なーんて、一喝していたら尊敬しちゃうね。

でも、違うんだろーなー(笑)

家来にとっては一世一代の転機かもしれぬ。殿様が、「うろたえるなっ!」って一喝したあと、秘策を出してくれるから、家来も殿様も生き残るわけで、それがタダの逆ギレだったら、共倒れなわけだ。それなら、殿様のクビを取って、敵方に渡して降参したほうがマシだ。

殿様といっしょに切腹ってのも日本的で美しいのかもしれないが、この殿様、家来だけ切腹して自分は生き延びそうな予感もしないでもない。

内閣改造って、要はそう言うことでしょ。

うろたえるなっ!!!!

↑ちょっと癖になりそう。

まあ、こんな殿様だけど、実はオイラは日本が大好き。

日本で生きて、日本で死にたい。

だって、オイラは日本人だもん。←あんまり美しくはないけどね。。。

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2007年7月29日 (日)

豪雨がすき

猛暑が続いたあとに降る豪雨が好きだ。

雨は地球を冷やしてくれる。猛暑が続くとアスファルトが熱々になって、歩いているだけで疲労する。

豪雨のあとに外を歩くと、涼しい風が心地よい。アスファルトからは水分を帯びた熱気がムンムンと上がってくるのが分かる。町がスチームサウナみたいに湿っぽくなる。草のにおいやアスファルトのにおいがほのかに漂う。

そんな時間が何ともウレシい。

豪雨となると、警報が出たり、雷が暴れたりと、何だかおっかない。

でも、考えてみれば、豪雨だって理にかなった自然現象なのだ。

最近は何でもかんでも異常気象は地球温暖化のせいにされるけど、暑い日が続いたら雨が降って大地を冷やす、というのは、とても正常な自然現象なのだ。自然法則が起こした、ごく普通の現象だと思う。

空の機嫌が悪いのは、地球の微妙なシステムが壊れつつある証拠だ。でも、それに反応して起こる気象現象は、とても自然の法則にかなっている。

だから、オイラは、豪雨も大きな気持ちで受け入れたい。

肝心なのは、そういう異常気象に人間がちゃんと対応できているか、なのだ。

なので、温暖化、温暖化、異常気象、異常気象、天変地異、天変地異と、オカルトっぽい騒ぎ方はやめて、空の機嫌を冷静に見上げてみてはどうかと思う。

どうも、マスコミの論調もオカルトっぽい。

今起きている様々な現象は、人間がコントロールできないほどの天変地異ではないんだ。

激しい雨も、猛烈な暑さも、必ず意味がある。

大粒の雨が落ちてくる空を見上げながら、そんなことを考えていた。

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2007年7月28日 (土)

土曜日の一般的な過ごし方

午前8時起床
午前8時就寝
午前10時起床
午前10時就寝
午後1時起床
コインランドリーで洗濯
待っている間に昼食
午後2時帰宅・就寝
午後5時起床
炊飯器のスイッチ入れる。
午後7時夕食
ボーッとしたり、ネットを徘徊したり。
午後11時ブログ執筆
午前0時就寝

1週間、充実させるためには、この辺を何とかしないとなー(笑)

土曜日って素敵だ。

そんなに力を入れなくても時間が過ぎていく。

日曜日は翌日に向けて何だか緊張するし、金曜日は力尽きているし。

毎日土曜日ならいいのにって気もする。

ぼーっと天井を見上げていると、このままだらしない時間が永遠に続いてほしいと本気で思うのだ。

そう言えば、子どもの頃から土曜日は特別な時間だった気がする。

テレビはアホな番組ばっかりだし。まったりした空気。まったりした時間。

久しぶりにワンセグのスイッチを入れたら、27時間テレビをやっていた。

毎年大変だなー。

明け方のまったり感がたまらない。疲れていてグダグダで。

あ、関係ないけど、明け方までやっている地方の居酒屋の午前3、4時頃も良い。

始発電車も良い。

東京駅を4時台とか。

ぐでーっ・・・ぐだーっ・・・。

そんな気だるい平和なひととき。

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2007年7月27日 (金)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(最終回)

地図の上に定規で線を引っ張りながら、隠された地下道を見つけたと思いこんで興奮している秋庭俊先生に敬意を表したいくらいの『新説東京地下要塞』文庫版を、思い切り突っ込みまくる第7弾は、ついに最終回である。

今回は「第七章 先に地下があった」を検証する。

その直線は皇居の建物の方向に一致し、しかも、中庭を貫通している。(P214)

こういうのが皇室を愚弄しているというのだ。中庭というのが何を示しているのか謎だが、おそらく宮殿のことであろう。つまり、新年などの一般参賀で使われる建物だが、これは戦後に建設された建物だ。もちろん宮内庁の庁舎も戦後に建設されている。中庭を貫通していると何故「しかも」になるか分からない。

話題は丸の内が野原だという話なのに、いつの間にか虎ノ門と竹橋の間を極秘地下鉄が通っている。

虎ノ門と竹芝では駄目なの?

おもしろいのは、銀座線の萬世橋を陸軍参謀本部がつくった廃駅だとしていること。飯田橋駅がカーブなのも、参謀本部の仕業。地下鉄も、地上を走るJRも、すべて陸軍の仕業だと書いたあげく、最終的には、

東京という都市は、私は、中世ヨーロッパの五角形の要塞理論で築かれていると思う。(P228)

という、??????な結論へと至る。

ここまで来ると、もう秋庭先生に地上と地下の区別はない。鉄道の認可に地上・地下の区別がないのではなく、秋庭先生自体から区別が消えてしまったのである。

ホームがこっちを向いている。ホームはあっちを向いている。

千駄ヶ谷、四ッ谷、飯田橋、昌平橋、萬世橋・・・。

地上の鉄道も、地下の鉄道も、区別なく何故か「五角形の要塞理論」と重なってしまう。

こうなると支離滅裂で、真面目に読んでいても理解できない。一直線の地下道が極秘に敷かれたという内容かと思いきや、ここではすでに地下も地上もない。どれもこれも「五角形」の仲間入りをさせられている。分からなくても勢いよく読み進むと、そのうち突然、結論が登場する。

GHQの地図。。。。

「私たちに地下の真実を語る唯一の資料」だというのに、この地図は五角形の要塞理論とは無縁で、何の関係もなく一直線が敷かれている。これまでさんざんと展開してきた五角形の要塞理論はどこかに消えて、今度は突然ローマ字同士をつなぎ合わせるという地味な作業へと転化してしまう。

しかも、この地図、あれほど秋庭先生が声を大にして主張した、虎ノ門・竹橋間の極秘地下道が書いていないようだ。

これまでの議論はすべて横において、新たに「雷門・寛永寺・清水観音堂・神田橋・数寄屋橋・東海道本線(?)」という直線地下道が登場する。「不忍池・飯田橋・新宿御苑」という地下道も、おそらく初登場であろう。

普通に読解力のある読者は、ここで途方に暮れる。

「竹でも植えて虎でも飼うさ」は、いったいどこへ消えたのだろうか?

ついに最後には、新宿・代々木間の極秘地下道という途方もない、脈略のない結論へと導かれてしまう。

とはいえ、すでに読者には考える余地がない。何の論証もないが本はここで終わってしまう。しかも「読者自身で見つけてもらいたい」と投げっぱなしである。このあと「あとがき」では、「御」の字がどうのこうのと、すでに別の話題に入っている。

呆然・・・。

では、このGHQの地図はいったい何を表したものなのか、オイラの考えを述べよう。

黒く塗りつぶされている部分は、空襲で残った建物である。東京駅の周辺がほぼ残されていることが分かる。国会議事堂も無傷だということが分かる。築地市場も同様である。

これらが何故空襲の被害から逃れたのか?

それは、米軍が意図的に避けたからである。彼らは現金なもので、日本を占領したあと接収して使うつもりだった施設をわざわざ目星をつけて空襲でも避けていたのである。

薄いグレーで塗りつぶされた一帯は、焼け野原である。当時の写真を見ると分かるが、東京はほとんど残骸すら点在するほどのまっさらな大地と化していた。

隅田川の東側が完全に焼き払われていることが分かると思う。東京大空襲では大勢の非武装の一般庶民が焼け死んだ。この地図が作成された原図となった航空写真は、終戦直後に米軍によって撮影された。その航空写真を見たことがあって、ふとこの地図と重なった。

白い部分は最初から障害物がなく無傷だった場所である。広場、道路、川などが白いことが分かると思う。

斜線が入っているのが、残骸が残されている場所である。

つまり、この地図は、終戦後の東京の被害状況を表したものであると推定できる。

GHQが何の目的でこの地図を作成したのかまでは分からないが、当時の航空写真と見比べてみると、何が表現したいのかが何となく分かる。

7回にわたり、『新説東京地下要塞』文庫版を検証してきた。

これまでそれは一つの仮説、疑惑の提示に過ぎなかったが、最近、私は実際に地下道をこの目で見たから、もはやそれは仮説や疑惑ではなく、一つの告発と受け取っていただきたいと思う。(P3)

ある意味、文庫版の「まえがき」「あとがき」は、秋庭先生の逆ギレなのだと思う。これまで秋庭ワールドを支持してきた信者からも、1年前に発売された単行本『新説東京地下要塞』は微妙な反応で受け取られた。仮説という仮説がすべて反論され尽くされる。疑惑という疑惑がすべて解けてしまう。追いつめられた秋庭先生の最後の一手は、自らの目で「隠された地下網」を見て、それを告発する以外にない。

その結果が、この「文庫版まえがき」である。

「文庫版あとがき」ではさらに、極秘の地下道に赤絨毯を敷き、コンビニまで営業させてしまう。

終わったなと思った。

文庫本を手にした読者のうち何人がこのブログにたどり着くのかは分からない。悲しいかな我がブログは、Google司祭の陰謀により、いわゆる「ググる」ことが難しくなっている。相手は大手の出版社とオカルト作家である。そう簡単に黙らせることなどできないだろう。しかし逆ギレを余裕で鼻で笑うことくらいは容易である。

ふふふ・・・。

秋庭先生、角川からの新刊、お待ちしています。

(おわり)

伝説のオカルト本『新説東京地下要塞』が文庫化〜著者の秋庭俊先生が「隠された地下網を暴くと逮捕されるぞ!」と読者と関係者を恫喝

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する

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2007年7月26日 (木)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第6回)

縦横無尽に妄想を張り巡らせるオカルト作家・秋庭俊先生が「法律違反」を覚悟して書き留めた命がけの著書『新説東京地下要塞』文庫版を解読していたけど、そろそろ飽きてきた(笑)第6回。今回は、「第六章 天下を掌握したのは誰か」を検証する。

てかね、皆さん、この章ってちゃんと読んだ?

さらっと読み流したでしょ。

そりゃそうだ、さっぱりつまんないし、何のことやらさっぱり理解できない。突然、京成線のルートを曲げずに伸ばしてみたり、地下の上水を電車を走らせたり・・普通に読んでいたら首を傾げてしまうよね。リアリティのかけらもない。

この章では様々な飛躍が起きる。

まず最初は、地下に潜った京成線のルートをカーブせずにまっすぐ伸ばしてみる。次に山手線のルートを巣鴨から目白まで直線で引っ張り、都電荒川線と重なるぞと書いてみる

これ、秋庭先生の地下ルート探索法。直線の地下街路があると思いこんでいるから、いくら矛盾を指摘されても、ここから逃れることができない。

この探索法の起源は、『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)である。

同書の174ページに「カーブする必要はありませんから」というタイトルで、東京メトロのとある人物と会っているという逸話を書いている。

そのトンネルが戦前からあったように思えたら、そのまま真っすぐ一直線に進んで、そこに同じようなトンネルがあるか確かめればいい

秋庭先生は、この方のこの言葉を信じて、地下鉄のルートとルートを定規で結んだりしながら、極秘地下道を探索しているのである。何の取材もせずに。この「カーブする必要はありませんから」の論理と、漢字やローマ字で同じもの同士を結ぶという論理が重なったものが、秋庭式の地下網探索法の神髄なのである。

この話が実話かどうかは疑問だけれど、仮に事実だったと仮定して(そんな仮定はしたくないけど百歩譲って)、秋庭先生は、せっかくの恩師のアドバイスを踏みにじるような仮説の建て方をしている。

秋庭先生の恩師は、トンネルとトンネルを結べと言っている。

京成線の例を見てみようか。トンネルを延ばしてみただけ。その先にあるのは地上の施設である。都電荒川線に至っては、山手線も都電荒川線も地上を走っている。

秋庭先生、この時点で、あなたは恩師の言葉すら曲解して、仮説をねつ造しているのだよ。

もう1つの飛躍は、これ。

鉄道の認可は、通常、起点と終点があるだけで、線路の本数に制限はなく、地上地下の区別もない。路面電車は起点から終点まで道路の上を走るが、線路が敷ければ、一直線の線路を敷いても構わない。一つの認可で道路を走る路線を敷設し、かつ、道路の地下を走る路線を敷いても構わない。(P200)

では、考えてみよう。

現在、東京メトロ副都心線の建設が明治通りの地下で進んでいる。起点は池袋で終点は渋谷である。地上と地下の区別はない。ならば、池袋から渋谷まで地上に一直線の鉄道を敷くこともできるということになる。

途中にはビルもあれば住宅もある。そんなことできるわけないだろって?

大丈夫。「鉄道の認可」は下りている。地下の明治通りにトンネルを掘っているのだから、地上にも線路を敷けるはずだ。しかも、ルートは無限なのだよ。地上に一直線に鉄道を敷いても、それはすでに国土交通省が認可をおろしているのだから、誰も文句は言えない。

土地収用法を活用すればいい。収用法は、事業自体の違法性を問うことはない。いったん事業が認可されれば、池袋から渋谷まで一直線上のルートにある土地はすべて、収用法の手続きさえ踏めば収用可能である。じゃあ、なんで地下に、わざわざ明治通りに沿って鉄道を敷いているんだ?

さて、もうお分かりだろうか。

この仮説、「極秘地下鉄」という前提がないと成立しないのだ。

起点と終点が決まれば、あとはどこを通っても大丈夫、なんて鉄道があったら、世の中大混乱になってしまう。極秘地下鉄ならシールド工法で住民に知らぬ間にトンネルを掘ればいいかもしれない。でも、「地上地下の区別もない」のだから、いったん認可を受ければ、鉄道会社は地上だろうが地下だろうが、縦横無尽に線路を敷くことが可能だ。

たった1つの認可で何万人もの住民が立ち退かなければならないという大変な事態に陥っても、それは、政府が認可したのだからって話になる。

そして、究極の飛躍は、これ。

その地下の上水の水運を、電車に替える際、どんなことが必要かわからないが、西郷は海軍、三菱、皇族間の調整をしていたのだと思う。(P202)

いつの間にか暗渠の上水を電車が走り出してしまう(笑)

ちなみに、上水は川を暗渠にしたものではない。それは秋庭先生の勘違い。地元の区立の博物館とかに行ってみてはいかがだろうか。玉川上水なら、新宿区立の博物館が詳しいと思う。暗渠の上水が石であれ、木造であれ、そのルートは非常に細いものだ。人間どころか、ネズミが走る程度のスケールしかない。

そりゃ、そうだ。玉川上水はたった1本の上水に水が流れている。それが四谷大木戸から先は江戸市中に暗渠のルートを通して分散する。水量は格段に減る。

船が行き交う地下上水が、仮にあったと想定してみよう(そんな想定したくないが)。

何が課題かと言えば、水量の確保である。

それが、今度は電車を走らせるとしてみよう。流れていた水は、いったいどこに行ってしまう?その水で生活していた江戸庶民は、今度はどこから飲料水を確保するのだろうか。

文庫版のあとがきにこんなことが書いてある。

国会議事堂は旧玉川上水、増上寺は渋谷川、サンシャインシティは千川上水の支流にあたる。(P240)

秋庭先生ってよく渋谷川を出すんだよね。

「春の小川」って歌、知ってる?

小学生くらいによく歌ったよね。あれは、かつての渋谷川のことなんだ。「さらさら」流れている。平和な光景だ。その川の地下に極秘地下道?

小川だよ、小川・・・。

その地下に都電が走っていた?

地下の上水を船が行き交っていた?

秋庭先生は、こんなことも書いている。

本書では、皇室には十分に配慮したつもりである。(P238)

これで配慮したつもりなのだろうか。「春の小川」の地下に極秘地下道を敷いた。鉄道の認可が下りたからと、起点と終点を結ぶ一直線のトンネルを掘った。京成線のトンネルを掘るついでに我が家までトンネルを延ばした。さあ、陛下、「交通報国」の精神でトンネルを献上いたします・・・。

こんなアホな話がマジだというなら、皇室を愚弄しているという以外に何だというのだろうか。

(つづく)

伝説のオカルト本『新説東京地下要塞』が文庫化〜著者の秋庭俊先生が「隠された地下網を暴くと逮捕されるぞ!」と読者と関係者を恫喝

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2007年7月25日 (水)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第5回)

ココログのメンテナンスもようやく終わり、連載再開である。地下のオカルト作家・秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』の文庫版を、単行本との比較もしながら解読する第5回目。

今回は、「第五章 新宿・都営軌道」を検証する。

新宿プリンスホテルの地下駐車場は、靖国通りにあるサブナード公共駐車場とつながっているのか?

新宿プリンスホテルにお客様用の地下駐車場はない。

新宿プリンスホテルには、サブナード公共駐車場への出入り口があるだけで、ホテルの地下には駐車場は存在しない。新宿プリンスホテルのサイトのQ&Aには、以下のような案内がある。

Q 駐車場はありますか?

サブナード公共駐車場(車高制限2.1m)をご利用ください。ご宿泊のお客さまは、1泊につき¥2,000(出し入れなし)にてご利用いただけます。アシスタントマネージャーデスクまたはフロントにてお支払いください。レストランのご利用、その他につきましては 30分につき¥310かかります。(大型車両については、30分につき¥350かかります。)サブナード公共駐車場にてお支払いください。

悲しいかな、この段階でこの章は終わってしまっている。これから先にいろいろと秋庭先生が展開していても、結局は「別々の駐車場がトンネルでつながっている」という前提がなければ始まらない話ばかりで、つながっていないのであれば、章全体が破綻する構成である。

新宿プリンスホテル

サブナード地下駐車場

停車場は地下鉄の駅で、停留場は都電の駅なのか?

停車場も停留場も、鉄道の駅で、地下鉄か都電かを分ける単語ではない。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?13

鉄道の専門用語では、「停留場」とは構内に転轍機の設備のない駅のことである。例えば上下線を渡る分岐がないと言えば分かりやすいだろうか。「停車場」とはその逆と考えてよい。

秋庭先生がこの章で引用している文書は、駅の設備に変更を加えただけで、都電が地下鉄に変わったわけではない。

仮にこれが都電から地下鉄への変更を申請した文書だと仮定してみよう。東京中に極秘の地下都電網が張り巡らされていたとすれば、現在の東京の地下鉄ルートに転用する際に、新宿三丁目だけではなく、他の箇所でもたくさん停留場から停車場への変更申請が行われていたはずである。その文書は、どこにあるのか。何故新宿三丁目だけが明らかになったのか。

他の地下鉄の建設史には、停車場と停留場が両方登場する。現在の地下鉄で何故「停留場」が残されているのか?その駅には今も極秘の都電が発着しているのか?

駐車場と駐車場をつなぐトンネルはない。都電の停留場が地下にあったという証拠はない。

では、いったい「都営軌道」はどこへ消えてしまったのか?

オリンピックの前、東京の道路はガラガラだったのか?

昭和30年代、都心の交通渋滞は深刻な社会問題となりつつあった。

急速な自動車の普及により、都心の道路は日に日に自動車が増えて、慢性的な渋滞が起き、交通がマヒした。都電は年々平均スピードが落ちていき、それに伴い乗客も減ってしまった。最終的にはついに自動車に追いやられ、都電は縮小を余儀なくされた。

自動車が普及すると駐車場の確保が課題となる。でも都心の地上に駐車場をつくるような余裕はすでにない。なので、民間が駐車場ビジネスに参入することは不可能に近い。残るは広い道路の地下ということになるが、道路を管理しているのは国や都なので、必然的にその地下に駐車場を整備するのは行政機関ということになる。

秋庭先生の著作は、終戦後の東京の歴史認識が決定的に欠如している。

今回も単行本と文庫版で新旧対照を。

(単行本)「天皇の名がつけられた道」(P156)

(文庫版)「元号がつけられた道」(P162)

昭和通りが完成した当時、昭和天皇はまだ存命で即位されたばかりだったので、当然昭和通りは天皇の名を冠しているわけではない。ようやく秋庭先生はそのことに気づいたらしい。でも、天皇の名ではなく元号となれば、何故軍部が出てくるのか意味不明である。

間違えたならいったん引き返すべきだが、秋庭先生は止まることをせず、小さな手がかりを踏み台にして次の仮説へと進む。すると小さな手がかりが間違っていることが分かるが、すでに引っ込みがつかないくらい途方もなく巨大な妄想と化している。すると、もう勢いで走りきるしかない。秋庭先生の著作で語られる仮説のほとんどは、そうやって筆を滑らせたものである。

(つづく)

伝説のオカルト本『新説東京地下要塞』が文庫化〜著者の秋庭俊先生が「隠された地下網を暴くと逮捕されるぞ!」と読者と関係者を恫喝

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2007年7月24日 (火)

【番組の途中ですが】宝島社文庫『要塞都市・東京の真実』を読んだ。

メンテナンス開始まであと30分、取り急ぎ駆け込み投稿しておきたい。

以前、宝島社からMOOKで発売された『要塞都市・東京の真実』が文庫化された。

基本的にオイラは、オカルトを自称する本に目くじらをたてるつもりはない。この本は、自称はしていないものの、お読みになれば分かるが、典型的なオカルト本である。

都市伝説の権威・自称ジャーナリストの秋庭俊先生が普段書いている内容を、とことんまで突き詰めていくと、こんな感じになるという典型的な本である。

なので、本の内容自体を取り立てて突っ込むつもりはあまりない。

こういうタイプの本は、ある程度の妄想や誇張を前提に、ある種のオカルト的なノリを楽しんでいくもので、まさか本当に信じてしまう人は・・・いないよねー。

大丈夫?

ただ、まあ、秋庭先生が登場するとなると、オイラも触れずにいるわけにもいかない。

・銀座線を封鎖して、中にいる人を追い返したという事実は、何の文書に何と書いてあったのか、誰に取材した結果なのか?

東京大空襲で亡くなった方がどれだけいるか、ご存じだろうか?

何千人という単位で死傷者が減ったなんて、軽々しく言える根拠は何だろうか?

この人が一番腹が立つところなのだが、妄想では済まされない筋違いの政府批判をすることがある。

・国会議事堂の敷地内で“館”という名のつくところには、ほとんど地下道があるのか?

確かに国会議事堂と関連施設は地下道で結ばれているけど、別の秘密ではない。てか、秋庭先生、地下道の場所、知らないくせに・・・。

【秋庭系東京地下物語'07《秘密》】(第10回)国会議事堂の「隠された地下」の謎・その4

・赤坂見附駅が水没したのは、南北線のトンネルの建設現場から浸水したのか?

これは、秋庭先生がガセネタを吹き込まれたんじゃん。

【秋庭系東京地下物語2007】(第3話)水没した赤坂見附駅の妄想

お台場でテロがあっても地下鉄は走っていないから水没しないよね。まありんかい線はヤバいかもしれないけど、防水扉ってのはテロ対策であるわけじゃないもんね。てかしゃべっていること、らりってない?

ああ、もう時間がない。

では、おやすみなさい(笑)

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夏来る

夏来る
るん♪

空が丸い、地球が丸い、そんな1日だった。

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【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第4回)

日本中の地下マニアを熱狂させたオカルト作家・秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』の文庫版を解読する第4回。今日午後からはココログの長時間メンテナンスがあるので、午前中に予約投稿機能でアップしておく。

今回は、「第四章 都営浅草線の真実」を検証する。

東京の地下鉄が都営と東京メトロの2社に分かれているのは、東京都が悪いのか?

悪いのは東京都ではなく、営団を存続させた当時の運輸省である。

終戦直後、東京の地下鉄を東京都が建設すべきとする都営案と、当時運輸省が主張した営団方式とが真っ向から対立していた。国会の圧倒的多数派は都営案を支持し、営団の廃止法案まで準備されていたが、運輸省が圧力をかけてつぶした。

この問題を考えるには、東京都だけでなく、地下鉄が走る他の政令指定都市に目を向けてみればわかりやすい。札幌、仙台、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡・・・地下鉄を建設し、運営しているのは、すべて市である。何故東京だけ営団という特殊法人が都をさしおいて地下鉄を建設しているのだろうか。

つまり都が地下鉄を建設するのが異常なのではなく、営団(現在の東京メトロ)が地下鉄を建設するのが異常なのだ。

『新説東京地下要塞ー隠された巨大地下ネットワークの真実』(秋庭俊著)を読む3

上記のエントリーで詳細に分析している。

都営浅草線のルートは無駄で不必要な路線なのか?

都心の交通マヒを解消させるために必要な路線だった。

秋庭先生が勘違いしているのは、終戦後の都心部の交通事情である。別の本で都心では車が走っていなかったような書き方をしているが、昭和30年代から都心の道路は深刻な交通渋滞に悩まされている。年々、地上を走る都電のスピードが落ちて、乗客数にも陰りが見え始めていた。

浅草線のルートは、浅草から新橋まで銀座線やJRと併走することになるが、当時も今も、JRの上野・東京間は日本一の混雑である。特に上野・御徒町間の殺人的ラッシュを、秋庭先生も一度経験なさってはいかがだろうか。

ちなみに浅草線の最初の開業区間は、押上・浅草橋間である。開業と同時に京成線と直通運転を始めている。これは、荒川の東側を中心に交通アクセスの整備が遅れていて、都がそれに対応しようとしたためだ。秋庭先生の議論は、浅草・新橋間だけを取り上げて浅草線の評価をしているが、浅草線の整備目的はそんなにちっちゃくはない。

都営浅草線の泉岳寺・高輪台間には、上りと下りの線路の間に得体の知れない建築が横たわっているのか?

この区間はシールド工法でトンネルを掘っており、得体の知れない建築を横たわらせることはできない。

これは、下記のサイトをお読みになるのが良いと思う。

都営浅草線 泉岳寺ー高輪台間には何がある?(書き散らsyndrome)

秋庭先生の妄想だったらしい。

昭和通りの新橋・三原橋間には市電・都電の線路が戦前・戦後と敷かれなかったか?

戦前に敷かれたが、戦後に廃止され、線路は撤去された。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?22

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?25

帝都復興事業で昭和通りが整備された頃、沿道の住民から道路が広すぎてすっかり町が寂れてしまったという苦情が東京市に寄せられた。そこで東京市は、新橋と三原橋間の短区間だったが、市電を敷いた。GHQが作成した地図の元になった航空写真にはその市電の線路が写っており、地図にも反映された。

従って、GHQの地図は、極秘に戦前に建設された浅草線を表してはいない。

ところで、この章でも秋庭先生は、文庫版の発行にあたって数々の修正を加えている。一番目立ったのは、文庫版129ページの「内務省東京市内外交通委員会計画」である。単行本では123ページに「昭和通りルート」という図で掲載してあったが、今回は出典が千代田線建設史であることを明記してある。

それは結構なことだが、首を傾げてしまうのは、中身を改変していることだ。

単行本では「赤坂見附」しかなかったが、文庫版では「伏見宮邸」が付け加えられている。伏見宮邸は戦前、現在のホテルニューオータニの敷地にあった。つまり赤坂見附なのだ。それを知ってか知らずか、文庫版の図では赤坂見附も伏見宮邸も両方書いてある。

秋庭式の特徴なのだが、過去の地下鉄計画の路線図を引用して、「極秘の地下鉄だ」と勝手に決めつける。よーく考えてみてほしい。仮にそれが極秘の地下鉄だったとして、では地上に住んでいる一般市民はいったい何に乗って移動しろというのだろうか。こっちも極秘、あっちも極秘、秋庭先生の議論はいつもこうである。一般市民の乗る地下鉄計画は、いったいどこにあるのだろう。それとも、戦前の東京の交通網は、通勤・通学、買い物で使う一般市民のことなど考えもせずに線を引っ張っていたのだろうか。

秋庭先生の本を読んでいると、まるで戦前の一般庶民は地下鉄なんぞに乗ってはいけないものだったように思われてくる。

もしも私鉄が地下鉄をビジネスにしようとするなら、オイラならきっとあふれるほどの一般庶民を乗せると思う。軍部の極秘地下鉄なんて商売にならないから。土建会社なら建設すれば儲かるが、私鉄会社だから建設したら資金を回収しないと商売にならない。そこに皇族が優雅に地下鉄にお乗りになって、1日何往復かされる路線を、仮に私鉄が建設したとしよう。

そんな私鉄会社、あっという間に資金が底をついてつぶれる。

(つづく)

伝説のオカルト本『新説東京地下要塞』が文庫化〜著者の秋庭俊先生が「隠された地下網を暴くと逮捕されるぞ!」と読者と関係者を恫喝

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する

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2007年7月23日 (月)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第3回)

地下のオカルト界を8年にわたり先導してきた秋庭俊先生の集大成『新説東京地下要塞』の文庫版を解読する第3回。こんなネタには興味のない皆さん、今しばらくお待ちを(汗)

今回は、「第三章 現代の極秘地下施設」の検証。

幻の護送地下鉄計画は、ミスター検察・伊藤栄樹氏のつくり話なのか?

つくり話ではなく現実にあった計画。

【秋庭系東京地下物語2007】(第2話)「極秘」護送地下鉄の妄想

上記のエントリーでも詳しく書いたけど、秋庭先生は大きな勘違いをしている。

1つは、護送地下鉄そのものが「極秘」なのではなく、法務省の官僚が「極秘に」計画を練っていたということ。

ようやく極秘地下鉄が実現しても、一週間も経たないうちにバレてしまうのではないだろうか。(P85)

その通りで、法務省は最初からバラすつもりでいたのだ。当たり前の話で、千代田線を護送列車が走ったら誰の目にも見つかってしまう。計画を立案している最中にリークされたら計画をつぶされてしまうといけないから、ギリギリまで極秘に事を進めたということである。

2つは、護送地下鉄はノンストップだが、一般の車両を追い越す必要はない。

秋庭先生が何故ここにこだわっているのか分からないが、護送地下鉄は乗客の乗降扱いをしなくていいから、各駅停車の地下鉄に追いつかない程度にノロノロ走ればそれでいい。実際、『地下鉄物語』では、護送地下鉄のダイヤはラッシュ時間帯を過ぎた時間に走らせると書いてある。

秋庭先生のおもしろいのは、現実にはない「分岐」が見えるくせに、現実にあった計画は「つくり話」とバッサリ切ってしまうところだ。オカルト作家にはリアリティは気に入らないということなのだろう。

東京メトロ副都心線の建設と同時に、都は明治通りの地下に「都市計画街路」を建設しているのか?

建設していない。

そもそもそんな資料は存在しない。

秋庭先生が第3章で引用している都議会の議事録では、副都心線以外の建設についてまったく触れられていない。副都心線は、当時問題になっていた道路特定財源を使って建設されている。これは国が道路特定財源の一般財源化を視野に入れて、道路以外の用途に使った事例である。実際、道路特定財源は、道路以外の用途に使われている。

国の直轄事業に対しては、自治体に対して「直轄事業負担金」が課せられる。これは地方分権の時代には理不尽な制度で、自治体も国に対して見直しを求めている。

都の道路管理部が副都心線建設を担当したのは、財源が道路特定財源だからである。

まったく関係のない2つの資料を秋庭先生が脳内でつなぎ合わせただけである。

ハッキリ言って、質問している河野都議に対する名誉毀損である。

『新説東京地下要塞ー隠された巨大地下ネットワークの真実』(秋庭俊著)を読む2

上記に議事録の全文を引用している。

千住大橋から品川に向けて、地図上に存在しない一直線の街路が地下に存在するのか?

存在しない。

引用文をよく読んでいただきたい。「街路計画作成にあたって」とある。つまり構想段階の話で、建設されていない。従って地図上には存在しない。計画と現実を混同する秋庭式妄想法の1つである。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?25

高野山東京別院の地下にある高輪変電所は、戦前にすでに地下空間があったのか?

あったかどうかは分からないが、高野山東京別院の建物と高輪変電所は戦後に同時に建設されたものである。

高輪変電所は、高野山東京別院が、弘法大師の御入定1150年記念事業としてお寺を建て替えるときに、当時としては都内10番目の超高圧地下変電所として建設された。秋庭先生は、高野山東京別院の建物が戦前からあったと勘違いをしている。

従って、戦前から地下空間がなくても、高野山東京別院の地下に変電所を建設することは可能である。

今回も、単行本と文庫版を比較してみよう。

(単行本)「つまり、街路は地上の道路ではない。「建設、修理、点灯」という言葉づかいからも、地下道のことだと想像がつくと思う」(P86)

(文庫版)「つまり、街路は地上の道路ではない」(P92)

「建設、修理、点灯」が必要なのは地上の道路も同じだということに気づいたらしい。でも、ここが削除されてしまったら、ビーアド博士の言葉は地上の道路のことだということになるし、この部分のセンテンスの意味が通じなくなる。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?28

(単行本)「この事業の担当は、道路計画担当部長である。できあがるインフラは、道路の一部といういことである。だが、道路の一部というのは、何のことなのだろう。道路とどこが違うのだろうか。道路計画部長の発言に丸め込まれてはいけない。地下鉄一三号線は国の直轄事業だから、駅舎やトンネルなど、地下鉄に関連するものは国が建設している。東京都の街路事業で整備されるのは、その「躯体等インフラ部」というものである」(P89)

(文庫版)「この事業の担当は、道路計画担当部長である。できあがるインフラは、道路の一部といういことである。だが、道路の一部というのは、何のことなのだろう。道路とどこが違うのだろうか」(P95)

どうやら秋庭先生は、道路計画部長の発言に丸め込まれたらしい。副都心線を建設するのは東京都建設局、国は都に対して道路特定財源から補助を出している。だから副都心線以外に「街路」は建設されていない。

この章では他にも微妙にあちこちと文庫版で修正が加えられているので、その辺もどんな意味があるのかを考えながら比較すると、なかなかおもしろいと思う。

(つづく)

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2007年7月22日 (日)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第2回)

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生の混信の…いや、渾身の著作・講談社+α文庫『新説東京地下要塞』を解読する第2弾。

今回は「第二章 足元に広がる洞道」を検証する。

地域冷暖房の管路のルートは公表されていないのか?

公表されている。

前回の書いたけれど、地域冷暖房を導入するには都市計画決定を経なければならず、地元自治体の都市計画審議会に諮り、市民に対しても公表しなければならない。いつの間にか勝手に道路を掘ってトンネルを構築することは不可能である。

なお、地域冷暖房のプラントが「公園」の下にあることはない。都市計画法では公園の地下に変電所を建設することは認められているが、地域冷暖房の施設を建設することを認められてはいない。新宿中央公園の地下にあるのは地下変電所(サンシャインシティの地下にある高圧変電所と同じ)があるが、地域冷暖房の施設はない。

市区改正は、湯水のように金を使うだけで道路も敷かれず、下水も整備されなかったというのは本当か?

そのような事実はない。

市区改正は、毎年使う予算が限られていて湯水のようには使えなかった。また限られた予算の範囲でも、計画に定められた道路を建設し、東京の都市改造に貢献した。下水道整備が行われたのは上水道の整備が終わってからで、市区改正の中では実現しなかった。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?23

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?24

これに関連して、坂下通りの記述が単行本と文庫版で微妙に違っていた。

単行本「この時期、唯一、敷設されていた道路は、坂下通りという」(P50)「市区改正当初、ここには唯一の道路が敷設されていた」(P60)

文庫版「この時期敷設されていた道路は、坂下通りという」(P56)「市区改正当初、ここには道路が敷設されていた」(P66)

市区改正では湯水のように金を使い1本の道路も敷かれなかったが、唯一坂下通りが敷かれたというのが、単行本での秋庭認識。一方、文庫版では「唯一」が削除された。

何でもない修正に見えるが、市区改正の認識自体に誤りがあることに秋庭先生本人が気づいていることが分かる。市区改正で敷かれた道路はたくさんある。坂下通りがそのときに敷かれたかどうかオイラは調べていないが、少なくとも「唯一」であることはあり得ない。

逆に言えば、たった1つの単語の削除は、秋庭先生の市区改正論の破綻を意味する。

サンシャインシティと豊島区役所の間には東池袋中央公園の角を通過する直線の洞道があるのか?

ない。

前回紹介した池袋地域冷暖房株式会社のサイトに管路の系統図が掲載されている。秋庭先生の言う、いわゆる洞道は、サンシャインシティから東急ハンズの横を通り、豊島区役所まで伸びている。冷暖房の供給先は様々あり、公共施設のみならず民間の施設も利用している。

直径二メートルのトンネルを五〇〇メートルにわたって設置すれば、工事費が一〇億円以下では収まらない。(P76)

これは秋庭先生が勝手に妄想することではなく、作った会社に取材して質問すべきものである。このトンネルは地下鉄を通すトンネルではないから線路も空調設備もいらない。10億円以下で収まるかどうかはオイラには分からないが、地下鉄を通すよりはるかに安上がりであることは確かだろう。オイラはただのブロガーだからこのくらいの妄想が限界だが、あなたはジャーナリストなんだから、当事者に取材すべきだ。

ところで、この章で秋庭先生は、サンシャインシティのすぐ脇を通る丸ノ内線に新駅をつくらなかったことを「闇」と書いているが、オイラにはそれが全然闇には思えない。

だって、今、オイラたちがサンシャインシティに行くのに有楽町線の東池袋駅を使うだろうか。ほとんどの人が迷うことなく歩いていることと思う。サンシャイン60 通を時折途中のお店に寄りつつのんびりサンシャインシティに向かうのではないだろうか。かつてはサンシャインシティの中にあるバスターミナルには都営の定期バスが出入りしていたが、今は廃止された。遠いようだが、意外に近い。お金を使ってまで乗る距離ではないのだろう。

確かに交通の便が良いに越したことはないが、今の池袋東口周辺の発展を見る限りにおいて、サンシャインシティのネックは、逆に町全体にとっては良い効果をあげていると思う。

(つづく)

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2007年7月21日 (土)

【緊急特別企画】秋庭俊先生の『新説東京地下要塞』文庫版を解読する(第1回)

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生の新作を待ちわびていたら、ちょうど1年前に発売された講談社の『新説東京地下要塞』が文庫化された。1年前にオイラはこの本を手にとってすぐに自分なりの解読をしてエントリーにあげた。

『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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ただ当時はまだ秋庭先生の著作を読み始めて間もなかったために、オイラも秋庭式が何たるかがよく分からないまま書いていたし、秋庭ワールドを熟知していなかった。なのでお読みになれば分かるが、オイラ自身の認識が少しずれていたり、明らかに間違っているところがある。

そこで今回は、新たに発売された文庫版をベースに改めて『新説東京地下要塞』を検証してみたいと思う。準備がまったくできていないので細かい部分まで検証することはできないが、秋庭先生の仮説の屋台骨の部分だけでも検証しておきたいと思う。

では。

まず「第一章 サンシャインシティの地下施設」である。

東京拘置所の塀の中には誰もいなかったというのは本当か?

嘘である。

一九五八(昭和三三)年以降、裁判中の容疑者はすべて小菅刑務所に拘置されていたのである。(P27)

詳しくは以下のエントリーを参照していただきたい。

【秋庭系東京地下物語】(第1話)サンシャイン・シティの妄想

1958年5月に巣鴨刑務所の戦犯が全員釈放される。当時は葛飾区の小菅に小菅刑務所と東京拘置所が併設されていた。国はすぐに東京拘置所を《書類上は》巣鴨に移転させるが、巣鴨の拘置所施設が整備されるまでの間、小菅刑務所に併設されていた拘置所施設を「葛飾拘置支所」として被疑者が拘置されていた。巣鴨に東京拘置所の設備が整い、拘置所として機能を始めたのは1958年10月のことになる。従って、東京拘置所が巣鴨にあるながら、裁判中の容疑者が小菅に拘置されていた期間はたった半年である。

ただし巣鴨の東京拘置所は、小菅刑務所が移転し、そこに東京拘置所を置くまでの間の暫定的な措置で、巣鴨の東京拘置所が再開した時点ですでに跡地開発に伴い小菅への移転が閣議決定されている。

秋庭先生はおそらく刑務所と拘置所の設備の違いが分かっていない。秋庭先生はご自身の経験で拘置所の設備はよくご存じのはずだが・・。刑務所の設備に被疑者を拘置することはできない。目的が全然違うから。

地域冷暖房の設備の正確な場所は一般には公表されていないのか。

公表されている。

以下のサイトはサンシャインシティの地下にある地域冷暖房のプラントを運営している会社のホームページである。

池袋地域冷暖房株式会社

このサイトにはプラントが地下3、4階にまたがっていて、サンシャインシティのどの辺に位置するのか、配管はどこまで伸びているのかまで詳細に図で書いてある。

地域冷暖房を敷くには都市計画決定が必要だ。地域冷暖房の都市計画決定は、2000年までは都の事務だったが、それ以降特別区の事務になっている。詳細な設計図を提出して、一般市民も傍聴可能な都市計画審議会に諮らないといけない。極秘に行うことなど不可能である。

冷暖房の供給先は豊島区役所だけではなく、東急ハンズなどサンシャインシティ周辺の様々な施設に供給されている。もちろん公共施設だけではない。

秋庭先生は、地域冷暖房の会社に取材もせずにこの本を書いている。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?22

豊島変電所は国民には極秘の変電所なのか。

国民には極秘ではない。

東京にある高圧変電所の多くが地下にあり、そのほとんどは無人である。サンシャインシティの地下4、5階には豊島変電所があるが、都心の広範囲にわたり電力を供給している重要な変電所である。職員はいないが維持費はオイラたちが払う電気料金で賄われている。ちなみにこの変電所を通っている高圧電線は、高野山別院の地下にある高輪変電所にもつながっている。

秋庭先生はこの本を書いて1年が過ぎたが、まだ一度も東京電力には取材をしていないらしい。取材していないから謎のままである。人見知りが激しいのだろうか。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?17

東京大停電で考える・・・東京の電気はどこから流れてきたのか?

どうして地下にあるのかというと、都心部では変電所用地の確保が難しいこと、変電設備は非常に重いものだからできるだけ強固な地盤の上に置きたいからということらしい。

サンシャインシティの地下5階には広大な道路があるのか?

ない。

あるのは豊島変電所の殺風景な扉だけである。ほんの少し勇気を持てばエレベーターで簡単に下りることができるが、あまりオススメできない。秋庭先生がこの扉を見たのか、それとも下りもしないで妄想を書いているのかは分からない。もしもこの扉を開けて進入したのであれば「テロ対策」以前に不法侵入で捕まる。

サンシャインシティ 禁断のB5(書き散らsyndrome)

(つづく)

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眞鍋姉さん、おひとりさまでフランス料理つまんでた人が、どうして自炊しているの?

寝る前にジャコテンと豚汁?

それって健康的なんだろうか(汗)

でも、パジャマにジャコテンの眞鍋姉さんに撃沈したからいいや。

にしても、眞鍋姉さん、自炊で1食600円はまだまだ高いほうだと思うよ。600円もかけたら自炊しなくても、ご飯さえ炊いておけばあとはお総菜をそろえられるもん。

納豆は3パックで98円だし、味付けのりは10食分でも300円弱だし。スーパーのお総菜コーナーに行けば、各種コロッケが1個75円だったりしない?オイラはキャベツをたくさん