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2007年5月22日 (火)

【秋庭系東京地下物語'07《秘密》】(第5回)国立国会図書館の「複雑な機能」の謎・後編

Sn380003 前回、本館の外の立て札に、めちゃくちゃな避難経路が書いてあると、秋庭先生が妄想していたことを紹介したので、実際に現地で探してみたが、見つからなかった。あるとすれば、左のような案内板しかないが、これをいくら眺めても、あるべきところに建物と道路がある。見つけた方、ご連絡お待ちしている(笑)

まあ、そんなわけで、今回の話題に入ろう。

公共施設の設計を懸賞で決めるというのは、国会議事堂がさきがけだ。その話はまた後日するとして、今回は戦後最初に大々的に行われた建築設計競技である国立国会図書館のことである。

今でさえ、公共施設を建設するときに、広く設計を公募するのは当たり前になった。現在の東京都庁舎は、有名な建築家がデザイン・設計したもので、外装だけでなく、内装まで、建築家の著作権にしばられていて、仮に使い勝手が悪いからといって手を加えるには、建築家から許可を得なければならない。

時代は、戦後すぐの頃、まだ「設計」の著作権をめぐっては、建築家と公共機関との間でも論争が残っていた。

国立国会図書館を設計したのは、誰なのか?

今回は、そこに迫ってみたい。

正直、今回の話はまどろっこしいので、長文を読むのが苦手な人は読み飛ばしていただいて構わない。結論は、最後に書いてある。

国立国会図書館の建設予定地が決まり、1953年8月、建設工事を前にして、国立国会図書館建築協議会が設置される。これは、館長を会長として両議院の議院運営委員長、同委員会理事、関係国家機関の職員、学識経験者など、合計20人の委員が委嘱された。同年9月、第1回建築協議会が開催され、以下のような事項が決定される。

1.国立国会図書館の建築実施方法については基本設計原案作成の諸種の作業は国会図書館建築部が担当し、実施計画の作成及び工事の実施は建設省に委任する。

2.建築協議会に専ら技術面の指導援助を求めるため専門家の小委員会を設ける。

3.建築の設計はなるべく広く一般から懸賞競技により良案を公募する。

この懸賞募集要項が公示されると、書信により建築家の吉坂隆正氏から、以下のような質疑があった。

1.懸賞金額の決定基準

2.入選者の著作権の問題

3.入選者の設計関与の問題

4.国際懸賞競技規定等との関係

この質問に対して、国会図書館建築部が答えた。

1.賞金金額は建築協議会に附議した。

2.入選設計及び図書は当館の用途に用いる限り、当館が行使し、権利をもつ。

3.入選者は実施設計には関与させる建て前をとっていない。従って設計変更の場合、入選者の意見はきかない。また、これについて異議の申し立てはできない。

4.本要項は国際懸賞競技規定には、なんら拘束を受けないで自由な立場で立案した。

ほとんどゼロ回答なのだが、「実施設計には」というのが、後々効いてくることになる。

ちょうどその頃、新進気鋭の建築家グループが建築著作権の問題を議論していた時期でもあり、このゼロ回答は、彼らを大いに刺激してしまった。建築家有志74の声明書が館長に提出され、朝日新聞紙上では、後の都庁を設計する丹下健三氏と、当時の金森徳二郎館長との公開論争が行われた。そして、ついに、建築家のボイコット運動にまで発展してしまう。

お待たせ。地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生の名著『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)からである。

設計界の若手たちは要項の撤回を求めていたが、図書館は最後まで歩み寄りを見せず、結局、何も変わらないまま公募が実施されている。(P90)

という事実はない。

建築家たちの動きを受けて、1954年2月8日の建築協議会で、衆院議員の1人から、「要項の変更がなくても実施面で考慮するなら建築家も了承し応募する意思があり、できるだけ多くの優秀な建築家の参加が望ましいことからボイコット運動に参加した建築家が応募できるように、期間の延長をすること」と要望が出た。

国会図書館側は、こうした中、2月10日夜、「要項そのものは変更しないが、その解釈と取り扱いを実質上、建築家側の要望に応えるよう努力すること、及びそのために期間を延長する」と打診した。

翌11日の建築協議会では、「基本設計及び実施設計に関しては、当選者を当該建築の設計者として関与せしめるよう、また設計変更等の場合は、設計者の意見を十分尊重するよう努力する」ことで合意した。

こうして懸賞募集の問題は、一応の決着がつく。

1等の当選者は、前川国男建築事務所内の田中誠、大高正人、ほか18人だった。

衆議院図書館運営委員会は、同年7月6日の審議で、「1等を採用するか2等を採用するかという最終決定は、図書館当局に一任する」と決定。これを受け、金森館長は、「館としては一等当選の方を中心にそれを生かすよう努めていきたいという希望を持っている」と答えた。

館長の言葉の「それ」は、普通の日本語では「一等」のように思えるものの、永田町の言い回しでは「二等」のことになる。双方の意識はこのとき「二等」に集中していて、また、一等は中心にあるはずで、これ以上、生かすよう努める必要もなかった。(『帝都東京・隠された地下網の秘密』新潮文庫、P92)

という事実はない。

このとき二等に当選した設計事務所は、国会図書館の設計にはいっさい関与していない。関与したのは、一等だった建築家が所属していた前川国男建築事務所である。

国会図書館は、「関与させる」とは決めていたものの、何をどう関与させるかは決めていなかった。そこで、図書館側から、当選者の田中誠氏宛に、「当館としては、当選者を図書館の職員として、また嘱託のような形式として、あるいは専門員として、設計に関与してもらうのが当館として出来る範囲」と打診した。

が、田中氏は、「応募当時の関係もあり、この設計の実施には設計界はもちろん建築界が相当注目している。当選者は建築事務所に勤務している関係上、単に個人的見解だけで引き受けることは困難である。また建築の重大性から考えて、竣工するまで面倒が見られるような態勢をつくってもらいたい」と回答した。

だが、打ち合わせを数回重ねた後、結局、前川事務所は完全に関与からはずされている。(『同』、P93)

という事実はない。

同年8月、国会図書館建築部長から、田中氏に対して、関与の範囲を「設備を除く建築の基本設計の委託」に限定したい旨を、非公式に申し入れる。結局、田中氏はこれを受け入れ、最終的には基本設計料1000万円で、前川国男設計事務所に委託している。

秋庭先生は、基本設計の方針についての金森館長の言葉を紹介している。

「この基本設計は、懸賞設計の当選案とは大分修正されていて、当選案をそのまま実施すべきであるということも問題になったが、本来懸賞設計は、不特定多数の応募者が相手であり、設計条件やその機能、施主側の要求等を十分に反映させることは不可能に近い。特に当館のように複雑な機能を持った施設であればなおさら困難である」

この文章は、金森館長の言葉ではなく、『国立国会図書館三十年史』から懸賞についての解説を抜き出したものである。金森館長がこう話したという事実はない。

前川国男事務所があらためて委託により出してきた設計は、懸賞設計で当選した案とはかなり修正されていた。一等を当選したのは田中氏だったが、基本設計を受託したのは、田中氏の所属する前川国男事務所。結果として、基本設計は当選案とはずれてしまったのである。

一九六一年(昭和三十六)、国立国会図書館の披露式が行われている。金森館長はその席でこれまでの道のりを振り返っている。
終戦直後、国会図書館は赤坂離宮のなかにあった。だが、議員が利用するには遠すぎたので三宅坂に移り、しかし、国会議事堂の正面では著しく議事堂の美観を損ねるので、さらにこの地へ移転することになったという。(『帝都東京・隠された地下網の秘密』新潮文庫、P95)

という事実はない。

当時、国立国会図書館の館長は、金森氏ではない。すでに退任している。館長のスピーチの内容も、前回解説したが、史実と異なっている。当時の式典の館長あいさつでは、このような内容の発言はまったく存在しない。すべて、秋庭先生のねつ造である。

国立国会図書館の基本設計は、懸賞で一等を当選した田中誠氏などが所属する前川国男事務所が、国立国会図書館からの受託を受けて、設計された。国会図書館の実施設計は、建設省が担当したが、その際にも、田中氏との綿密な連携が取られ、設計に間接的に関与している。

その後、図書館では二十年近くも補強工事が続けられ、一九九三(平成五)年、図書館新館が竣工した。(『帝都東京地下の謎86』洋泉社、P137)

Sn380002_2  二十年近くも補強工事を行ったという事実はない。本館の大規模改修工事は、新館整備工事と並行して行われ、1985年から1996年までの12年間である。新館は、1986年5月末に、地上4階から地下4階までが完成。1987年から、地下書庫5階以下の内装や書架設置工事や敷地全体の外溝工事が行われた。地下7、8階の書架工事が完成したのは、1993年である。この間、本館から新館へと徐々に一部機能を移動させている。改修工事が12年間を要したというより、新館の建設工事の進捗に合わせていたのである。

確かに、国立国会図書館本館の設計をめぐっては、建築著作権という問題をめぐって、様々な議論が起こり、いくつかの将来に向けた課題を残している。でも、それが、「地下の秘密を隠蔽するため」だとか、「地下処理をしたから」などという結論を導く根拠には、いっさいなり得ないことが分かった。

さて、次回は、憲政記念館の秘密に迫る。

てか、あーんな地味な施設から陰謀論を導き出した秋庭先生に、正直感心してしまった。

(つづく)

【秋庭系東京地下物語'07《秘密》】

(第1回)斜に構えたアイツの謎

(第2回)首相官邸のトンネルの謎・前編

(第3回)首相官邸のトンネルの謎・後編

(第4回)国立国会図書館の「複雑な機能」の謎・前編

(第5回)国立国会図書館の「複雑な機能」の謎・後編

(第6回)憲政記念館の「壁の中の階段」の謎

(第7回)国会議事堂の「隠された地下」の謎・その1

(第8回)国会議事堂の「隠された地下」の謎・その2

(第9回)国会議事堂の「隠された地下」の謎・その3

(最終回)国会議事堂の「隠された地下」の謎・その4

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体調は 昨晩は、もうあまり欲張らずに早めに寝てしまったので起きるの もすっきりと起きれた。昨日もそうだったが、すこし気温は低い。  会社につくと掃除機当番だったので掃除機をかける。10分くら いしかやっていないのに汗をかく。  新卒の1人が通勤途中で調子が悪くなり病院に搬送されてしまっ た。そのため指導員が銀座の病院へ出向く。それを聞いた本部長か ら花束が来たという。なんという時代になったのだろ...続きを読む... 【秋庭系東京地下物語07《秘密》】(第5話)国立国会...... [続きを読む]

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