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2007年2月 6日 (火)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?6

秋庭俊先生が参考文献としている資料には、東京都立中央図書館では、手に入らない資料もある。今回は、その資料から、秋庭先生が地下のマスタープランとして、あらゆる自著で紹介している『東京の都市計画を如何にすべき乎』(中村順平)を探そう。

場所は、あの地下8階の書庫で有名な国立国会図書館である。

国立国会図書館

日本で唯一の国立図書館である。日本で出版されるすべての書籍を閲覧することができるスーパー図書館だ。本来の機能は、国会議員の調査研究活動なのだが、満18歳以上なら、誰でも利用することができる。場所が場所だけに敷居は高いが、意外と気軽に利用できる図書館である。

すべての図書・資料は書庫にあり、読みたい図書・資料はカウンターで手続きしないと出してもらえない。書棚を見ながら本を探すという楽しみは、ここでは味わえない。(略)「利用する」よりも、「見学する」ことをおすすめしたい図書館である。(『大東京の地下99の謎』P52、二見文庫)

まあ、しかしだね、日本で発行された書籍を片っ端から開架式本棚に並べたら、たぶん超高層ビルが必要だろうね。むしろ、そっちのほうが探しにくくなる。書棚を見ながら本を探すという楽しみは、ぜひ、地元の区市町村の図書館でお願いしたい。でも、その際にも、古い図書はどっちにせよ書庫から出してもらわなければならないだろうけど。現に、秋庭先生は、この国会図書館で、使いにくいなあーって思いながら、『東京の都市計画を如何にすべき乎』を読んだのではないだろうか。

それは、さすがに、オイラの妄想かな?

さて、話を戻すと、秋庭先生が嘆いている通り、ほとんどの資料は請求しないと出してもらえない。ただ、カウンターで手続きするわけではない。

初めて利用する人は、まず新館の出入り口から入る。まずは、端末に必要事項を入力して、館内利用カードを受け取る。もちろん、無料だ。荷物は、都立中央図書館と同様、ロッカーに入れて、筆記用具などを、備え付けの透明な袋に入れる。ゲートを通ると、すぐに資料を検索する端末が並んでいる。端末の読み取り機に館内利用カードを差し込むと、入力画面が起動する。ここで、読みたい資料を検索する。お目当ての資料が見つかったら、画面上で資料請求の手続きを行う。

カウンターで請求するわけじゃないのね。

当たり前のことだが、所属省庁を問われたりすることはないので、安心してもらいたい。すべて閉架式という特徴を除けば、誰でも気軽に利用できる図書館である。

手続きが終わったら、画面に表示された資料を受け取る場所へと移動する。ほとんどの場合は、本館の図書カウンターになるだろう。請求した資料が用意できると、館内の「到着案内モニタ」や、端末画面に、館内利用カードの番号が表示される。あとは、受け取るだけである。本館にも、新館にも、閲覧室があるので、所定の場所で閲覧する。

オイラのお目当ては、『東京の都市計画を如何にすべき乎』である。資料請求してから、15分くらいだろうか。「到着案内モニタ」に番号が表示されたので、受け取りに行くと、カウンターには、古い本ではなく、ビニールの薄っぺらい入れ物。その中にある封筒に、透明なシートが入っている。

な、なんと!

国会図書館では、古くて貴重な資料を、マイクロフィッシュ(シート状のフィルムに画像を碁盤目状に配置したもの)にして、閲覧できるようにしている。この場合、マイクロリーダーで閲覧することになる。実物に触れられないのは残念だが、ご安心を。政府の陰謀によって、一部見られないページがあったり、伏せ字が使われていたりすることはない。もちろん、著作権の許す範囲で、複写も可能である。

秋庭先生が、あちこちで引用している「大東京市復興計画案 平面図」がある。マイクロリーダーで、旧漢字に埋め尽くされた資料を読むのはなかなか酷なのだが、やはり、この地図を見ると興奮するね。何たって、地下のマスタープランである。「地上にはない在来道路」が記載されている「新旧道路位置比較図」もある。

中村順平さんが、どんなことを考えているのかが分かる。

数世紀の未来に於ける東京市民の生活様式を先づ只今の東京都市計画立案の標的とするのでなければ、結局は無方針な基礎の上に建てられたる市内の甚一小区域の区画整理は、一時を糊塗する自動車の泥よけ程度の計画でなければ、無益な凸坊の落書きに終わってしまう。

一都市というふものは要するに一全市民の家に外ならぬ。都市計画を司る職掌が建築士である理由の一つがここにある。

関東大震災の惨状を目の前にした若き中村順平建築士の思いが詰まっているし、当時の躍動感が伝わってくる。なかなか、おもしろい。

当時、帝都復興は最大の危機に瀕している。後藤新平は、1923年9月の関東大震災直後に山本内閣の内務大臣に就任。帝都復興プランをぶちあげたが、翌年1月、虎ノ門事件を契機に山本内閣は総辞職した。東京の復興が中途半端に終わろうとしたとき、中村順平さんはこの案を世に発表した。本の一番末尾に、金50銭と書いてあるから、市販されていたことが分かる。本はそれほど厚くなく、本というより、パンフレットやブックレットに近いものと感じた。

当時、最も難航していたのは、区画整理である。道路も公園も公共施設も、区画整理によって空地ができなければ、そもそも建設することができない。ところが、今でも区画整理には反対が多いけれど、当時ならなおさらで、「地主の土地のタダ取り」という誤解が蔓延していて、大きな反発をくらうことになる。中村さんは、こういう現状を憂えていたのだろう。この本の中で、地主が反対しているなら、その地主の土地だけ残して、道路を敷いてしまえばいいじゃないかと書き、まさか東京にはそんな地主はいないだろうと皮肉っている。これは皮肉で、帝都復興は地主の大反発を食っていた。

どんどん規模が縮小されていく帝都復興を見て、しかも、ようやく動き出したと思ったら、後藤新平の失脚。居ても立ってもいられなかったのではないだろうか。

秋庭先生のストーリーは、こうである。

中村はこのとき何も真相を知らなかった。政府が過去の道路にこだわっているというのは、確かにそのとおりだったが、政府は道路にこだわってはいなかった。(略)政府がこだわっていたのは、地下である。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫P167)

つまり、東京の地下には、そもそも市区改正の地下道があって、政府はそれにこだわっているから、東京の大改造を嫌ったという仮説である。

おかしな話で、『帝都東京・隠された地下網の秘密』では、市区改正の地下道があったけれど、後藤新平東京市長が、新たな6路線の地下鉄と同時に、直線の地下街路を敷いたから、政府が納得したというストーリーがあったのに、すっかりここでは変わってしまっている。『地下網2』では、政府は帝都復興でも過去の道路を焼き直しただけだったけれど、中村順平の案を採用して、秘密の地下道を構築した、しかも市区改正の地下道はB1で、中村の地下道はB2というストーリーになってしまっている。

自分の仮説を勝手に修正するところは、秋庭式ならでは、である。

『地下網2』の171ページには、「大東京復興計画案 鳥瞰図」が掲載されており、秋庭先生が、「立体模型写真」と解説している。でも、これは、誰が見ても、ただの絵だ。

「東京近郊」という質の高い地図が製作されたのも、このような立体模型がつくられたのも、地下東京のマスタープランが完成したためで、そうでなければ、陸地測量部や航空部までが参加することはなかっただろう。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫P172)

ここで時間経過が分からなくなっている。

「中村は真相を知らなかった」→「でも、中村の作った鳥瞰図は、地下東京のマスタープランをもとにしている」→「なぜなら、陸地測量部や航空部が作成に参加しているからだ」

中村順平さんが自ら地下のマスタープランをつくったのか、それとも、中村さんの地上の都市計画案を、政府が地下のマスタープランに位置づけ、地下道を敷いたのか。秋庭先生の頭の中で混乱しているのではないだろうか。鳥瞰図が、「地下のマスタープラン」をもとにつくったというなら、中村さんは本を書く以前に、地下のプランという前提を知っていたことになる。でも、「真相は知らない」という。

おそらく、オイラの妄想が創り上げた真相は、こんな感じである。

中村順平さんは、『東京の都市計画は如何にすべき乎』の中で、ル・コルビュジェの「輝く都市」やパリの都市計画の考え方をもとにして、基幹道路の地下に地下鉄を走らせることを前提とした都市計画案を提案した。ここまでは、東京に6本の地下鉄を敷こうとした後藤新平と同じ発想である。それは、「地下のマスタープラン」と表現するなら、できないわけでもない。でも、その地下道は、秘密の地下道ではなく、国民が広く利用する地下鉄のことである。中村さんは、国民に隠された地下網のことなど、いっさい意識していない。

中村さんの都市計画の発想は、後世の建築士たちにその精神が受け継がれている。専門家に、後世の都市計画にこの本の発想が反映されているか質問すれば、おそらく、「YES」と答えるだろう。でも、それは、「地下のマスタープランだというお墨付きをいただいた」とは、かなり意味が違うということも、一言指摘しておこう。

ところで、この本の平面図のもとになった航空写真に、陸地測量部や航空部が関わったというのは、何が根拠になっているだろうか。少なくともこの本には書いていないから、秋庭先生の独自の「取材」によって明らかになったというなら、そのことを明記すべきであるし、何か参考資料があるなら、出典を明記していただきたい。

余談となるが、オイラは、『大東京の地下99の謎』を読んで、のけぞった。

写真は陸軍航空部が撮影したものだが、当初、このプランは地上の道路計画だったのをすぐに地下のプランに変更されたのだと、その後のGHQの地図などから私は推測する。(P74)

このプランが地下の計画だという根拠が、いつの間にか、GHQの地図へと変わってしまった。専門家は? B1には、市区改正の地下道があったんじゃないの?これって、取材でうらをとったわけでなくて、秋庭先生の推測?

でも、オイラは、秋庭先生の本音は、『99の謎』の方だと思う。GHQの地図を見ながら、記号と記号をつなげたら、千住大橋と品川が1本で結ばれた。中村さんの計画案にも、千住大橋から一直線の街路が走っている。帝都復興の設計士も、『発達史』で似たようなことを書いていた。一致した。…こんな感じだろうか。結局のところ、こうやって図書館で読んだ本と本を照らし合わせて、つじつまを合わせるのが、秋庭式なのかもしれない。

東京都立中央図書館と国立国会図書館とでは、間違いなく、国立国会図書館のほうが蔵書数では圧倒している。でも、無作為に本棚をあさりながら、自分のお目当ての情報を見つけ出すという努力をするのも、なかなか楽しいと思う。オイラも最初は、秋庭先生の参考文献にはこだわらずに、東京室の資料を読み耽ったものだった。すると、おもしろいもので、いつの間にか、秋庭先生が読んでいた本と同じものに遭遇している。そういう、秋庭先生の足取りを追うような試みも、これはこれで、おもしろい試みではないか。

ここまで読んで、おいおい、秋庭先生は偉大なジャーナリストで、図書館で本を読み耽って、本を書いているなんてこと、まさかないでしょ…と感じた方、いると思う。でも、オイラは、大胆に妄想してみたい。秋庭先生が行った「取材」の大半は、ごく普通の図書館を使った資料探しだと思う。『地下網』の第一作は、さすがに何人もの人物に取材をしたかもしれないが、そこから先は、誰に取材しても、彼が考える「真実」には近づけず、結局彼は、こういう形で「うらをとる」しかなかったんじゃないだろうか。誰も証言してくれないから、資料から読み解くしかない。

秋庭先生が、公式サイトの「近況報告」で、こんなことを書いたことがある。

もともと、この本は、従来のジャーナリズムの枠にあっては届かないと思われるところに、どのような方法論をもって到達するかという試みだったわけで、受賞できない理由は山ほどあるかとは思いますが、それにしても、なぜ、ノミネートしたことを伏せていて、落選したことだけ発表するのでしょう。それならせめて、ノミネートされたことを発表していただけたならと思わずにいられません。

「従来のジャーナリズムの枠にあっては届かないと思われるところに、どのような方法論をもって到達するかという試み」 …この方法論、何だと思う?

多くは語るまい。ここから先は、このエントリーを読んだ皆さんが、自分で答えを出してほしい。オイラは、所詮はこんなもんだと思っている。

(つづく)

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コメント

国会図書館はマイクロフィッシュでしたか。
ブックレット、確かにそんな仕様です。大きさは大体B6判、表紙と例の口絵、本文としてノンブルが入っているのが51頁までですね。
実際には、この本の装丁と言うか?写真印刷と帳合コストか何かの関係だと思うんですが、写真や図版を片面刷りで差し込んでいたりしてますんで、実頁数は5から6頁増えますけど。
確かに、本邦でル・コルビュジエ(本文では、ル・コルビュジェー)と「300万都市の計画」を極めて早い時期、(嚆矢かもしれない)に紹介した書物でしょうね。
でも、中村氏はコルビュジエの都市計画は「銀ぶら」が出来ないとか(パリだから当たり前と突っ込んじゃいけないんだろうなぁ)、sec(乾燥)とか言って、俺のは「夕顔棚下の夕涼み」が出来る独自の公案として胸を張っておられたり。コルビュジエには、なかなかアンビバレンツなようで。
しかし、都市計画ってどうしてこう、全体主義的な臭いがするんだろう。大正13年の話だというのに。
この辺が、内務省だとか、陸軍だとか秋庭氏が引き寄せられちゃう蜜を、秋庭氏自身が塗りたくる要因なんだろうか?

投稿: 陸壱玖 | 2007年2月 6日 (火) 23時48分

当時の東京は、まだ、「大東京」の幻想が通じた時代だったのでしょうね。江戸城が、江戸を統治したように、デカい都市を、たった1つの自治体がコントロールできると思いこんでいる。だから、どっかからどっかまで幹線道路を敷けとか、真ん中に中央ステーションをつくれとかっていう発想が、当たり前だった。確かに、後藤新平は、そうやって東京を改造したわけです。
ところが、後世の政治家も行政マンも、誰一人、同じことを成功させた人はいない。今も、石原慎太郎は、大東京を自らの手でつくりかえようという幻想を持っているけど、出来た試しがない。それは、後藤新平がエラかったということではなくて、時代はすでに「分権」の時代に突入していて、首都東京と言えども、そこに住んでいる住民たち抜きには、改造なんてできなくなったということでしょう。
東京は、そういう幻想が満ちあふれた街です。秋庭さんの発想も、そんな古い大東京主義から抜け出せないでいるのかもしれません。実際、東京の多くの行政マンは、今でも、後藤新平の亡霊を追い続けているのです。

投稿: mori-chi | 2007年2月 7日 (水) 00時21分

mori-chiさんこんばんは。
『東京の都市計画を如何にすべき乎』は是非読んで見たいと思ってましたが、そうか、国会図書館って手がありましたね。門外漢には思いつきませんでした。一度行かねば。秋庭さんは、あの本はごく少数だけ関係当局に寄贈されて、いまはすっかり退蔵か紛失された、と受け取れるような書き方してましたから、もう見られないなのかと思ってました。

あの「地下のマスタープラン」には、ちょっとこだわってみたい
天涯なのでありました。

投稿: 天涯 | 2007年2月 7日 (水) 00時43分

オイラはもう、国会図書館の利用登録までしてしまいました。これをすると、郵送で複写サービスを受けることができたり、新館ではなく、本館から入館することができます…って、どっちにしても、使えるサービスにはほとんど差はないんですけどね。やはり、正面から入りたいかなって。

若き建築士の熱い思いがたくさん詰まった本です。読んでいて、帝都復興の息づかいを感じて、興奮します。時間が許せば、ゆっくりと読んで、時代の息吹を感じたいです。

投稿: mori-chi | 2007年2月 7日 (水) 00時57分

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