« にこたま | トップページ | 『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む2 »

2006年12月 7日 (木)

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む1

ココログのメンテナンスが続いていて、すっかり出遅れてしまった。しかも、愛用のDynabookが使えないので、ibookを使っている。文章を書くときにはめったに使わないので、少々戸惑っている。Macの場合、改行の仕方などデザインの仕様が、Windowsとは若干異なるようである。見にくくなるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

さて、さっそく、『大東京の地下99の謎』。

「はじめに」からである(笑)

公式には存在しないことになっている地下変電所がある(P3)

そんなものない。下記のページを参照してほしい。

地下変電所は、公式に存在しているって記事

本書はその謎の集大成である。(P3)

「集大成」というからには、この本が秋庭さんなりのライフワークの「まとめ」のようなものだろう。人はいろいろ言うかもしれないが、オイラは、それなりに彼の「集大成」に満足している。

お読みになれば分かるが、この本は、秋庭さんの地下理論が破綻の局地に達したことを如実に示している。7年間に6冊も本を出したが、結局証拠はいっさい見つかりませんでした、この本は、暗にそう宣言している。地下の真実は、明らかにはならなかった。

この本は、そんな敗北の書である。

そこで、オイラも、この本を分析することで、自らの地下ネタの集大成としたい。

PART1 「皇居・霞ヶ関周辺」地下の謎

1 皇居の地下に、もうひとつの江戸城が眠っている

埋め立ての前に囲いのようなものがつくられ、地上の道を地下道に変えるという工事が行われたのではないだろうか。(P15)

太田道灌の城は、確かに地下に眠っている。でも、太田道灌の城の海抜と、地下鉄東西線のトンネルの海抜と、パレスサイドビルの地下7階の海抜は、果たして同じなのだろうか。大切なのは、地上からの深さではなく、海抜である。東京は、山あり谷ありだから、現在ある地上から地下の深さを測ると、同じ深さでも海抜が異なることがある。太田道灌の城があるという場所は、秋庭さんが別の著書で示していた資料では、小高い山だった。

ここで秋庭さんが比べている3つの地下埋設物は、同じ海抜かどうか調べないと、この仮説は成立しない。

2 皇居地下の巨大駐車場、いったい誰が使うのか?

この東庭の地下は、大型乗用車が120台も収容できる巨大駐車場になっている。もちろん、この駐車場を利用した一般参賀客はいない。閣僚や各界の著名人、外国大使が招かれるときにも、この駐車場を使ったという話は聞いたことがない。(P15-16)

一般参賀客が使えないのは当たり前である。何万人も来るんだから、120台収容の駐車場など意味がない。閣僚や著名人、外国大使は使っていない? 秋庭さん、本当だろうか。それは、秋庭さんが聞いたことないだけでは? 

「東庭」とは、宮殿東庭のことで、宮殿というのは、天皇が住んでらっしゃる場所ではなくて、天皇が国賓に会ったり、国の公の儀式がある場合に利用されている建物だ。ここに、駐車場があるのだから、宮殿を訪問する大使や政府関係者などが車を止めるのは、当たり前だ。ちなみに、天皇誕生日の宴や、宮中晩餐も、宮殿で行われる。まさか、参加者は徒歩で来るとでも思っているのだろうか、秋庭さんは…。

3 東京駅丸の内口と皇居を結ぶ地下駐車場の謎

行幸道路は、皇室行事や外国大使の馬車列が通る際に使用される特別な道路で、普段は自動車が進入できない。(P18)

自動車が進入できないのは、道路の真ん中だけで、両側は自動車がバンバン走っている。この項を読んでわかったのは、内務省の地図には行幸通りの真ん中に点線があるということと、行幸通りの地下には駐車場がある、それだけである。

4 毎日新聞社が入るパレスサイドビル、地下6階の謎

真偽のほどは定かではない。(P20)

ビックリしたよ。秋庭さんは、『帝都東京・地下の謎86』で、地下7階には大浴場があると断言しているが、あれからもう2年近く過ぎて、まだ真偽が分からないと。しかも、問い合わせて、地下6階に何があるか聞いて、地下7階に何があるか聞いていないのだ。この人、本気で地下の真実に迫る気があるのだろうか。

5 霞ヶ関駅前と皇居・大手門を結ぶ幻の大地下道

地下道の敷設工事は1938(昭和13)年に開始され、皇居周辺整備にかけられる予算の4分の3が投入され、勤労奉仕延べ5万人が動員されたといわれている。(P21)

秋庭さんが何の資料を参照しているか分からないが、オイラの手元の資料をひもといてみたい。

「紀元2600年記念宮城外苑整備事業」は、宮城外苑そのものの整備と、宮城外苑地下道築造事業の2つからなる。予算は、外苑整備本体が319万円、地下道築造は950万円。

外苑整備事業の起工式は、1939年11月14日に行われ、1943年7月に一部未完成のままで工事を中止した。1942年末に緑地総面積の5万8000坪のうち77%の工事が完了した。使用人員は職工延べ3万人、勤労奉仕延べ49万人だった。

一方、地下道築造事業は、資材と財源の不足のため着工されず中止された。

越沢明氏の『東京都市計画物語』が詳しい。

6 警視庁の地下4階分の床が地上9階分に相当のフシギ

これって、不思議?

地上から見てA型の建物は、地下部分がA型ではない、ただそれだけのような気がする。地上部分は採光のために吹き抜けがあったり、警視庁の建物みたいに三角形の真ん中が空いていたりする。でも、地下は採光の心配はないから、床面積をフルに使える、それだけである。

7 〈東京地検〜小菅刑務所〉極秘地下護送ルートとは?

予算まで組まれた計画が、そうあっけなくご破算になるだろうか。(P26)

予算を組むことと、それが閣議決定されること、さらに国会に上程されること、そして国会で可決されること、実際に執行されること、全部別の話。この話は、どの段階まで進んだ話なのか。予算を組んでも消える計画など、山のようにある。

8 日比谷公園の地下には巨大な水がめが埋まっている

これほどの大規模な地下工事がいつ、どのように行われていたのかということについては公表されていない。(P28)

「知らない」「分からない」と「公表されていない」の区別をつけよ。

11 霞ヶ関の地下につくられた旧海軍防空壕のその後は?

戦後も長らく、国民に知らされることはなかった。(P33)

「私は知らなかった」と「国民に知らされることはなかった」の区別をつけよ。

ちなみに、軍機保護法と、国家公務員法の「守秘義務」はいっさい関係ない。国家公務員が守秘義務を守らなくなったら、大変なことになる。

13 国会議事堂裏の地下には木造の家が埋もれている?

勝手に「家」を作るな。

14 国会議事堂と首相官邸を結ぶ秘密の地下トンネル

横断歩道を渡っている阿部総理を想像すると、背筋が寒くなる。

20 千代田線国会議事堂前駅の謎 その2

こんな濡れた壁に体が触れたら、着ている服は台なしになるだろう。(P56)

滝でも流れているのだろうか。

「少なくとも戦後の建物なら浸水はありえない」というのが専門家の見解である。(P56)

この基準で地下鉄の駅を調べると、東京の駅で戦後にできた駅は1つもない。


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34

『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

1 2 3 4 5

『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

1 2 3 4

(電子書籍)

電子書店パピレス『大東京の地下99の謎』

|

« にこたま | トップページ | 『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む2 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/109926/12969004

この記事へのトラックバック一覧です: 『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む1:

« にこたま | トップページ | 『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む2 »