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2006年11月23日 (木)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?34

中途半端な休日だよね。ハッピーマンデーがあるのに、ハッピーフライデーはないんや。平日の真ん中、こんな休日が入ると、むしろ仕事は忙しくなる。

さて、今夜は『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)からの引用である。

環状三号線は地下の道路で、大多数の国民は何も知らないが、このように調書にも掲載されている。国民には利用できない地下道である。(P38)

秋庭さんは、環状3号線が地上にはないと勘違いしている。この著書で紹介している文京区の部分は、環状3号線の未完成部分で、この区間の前後には、すでに環状3号線が地上を走っている。以前も指摘したが、国土交通省の『道路現況調書』に環状3号線が記されていることをもって、環状3号線が国民に知られていない地下道という証拠としているが、現実に環状3号線は地上に存在しているから、調書に掲載されるのは当然で、秋庭さんがわざわざ持ち出した都市計画図は、環状3号線の未完成部分でしかない。ちなみに、この調書には、未完成の道路も掲載されている。

オイラがこんなことを言っても、信者の皆さんにはにわかに信じがたいかもしれないので、都市計画道路の計画図を簡単に調べられるサイトを紹介する。

東京都都市整備局都市計画情報インターネット提供サービス

ここの都市計画図と、実際の地図を照らし合わせると、都市計画道路のどこが整備されていて、これからどこに道路が整備される計画なのかが分かる。

環状3号線の終端部は、江東区辰巳2丁目にある。ちょうど地下鉄有楽町線の辰巳駅のあたり、首都高速道路の辰巳ジャンクションのある場所である。ここから、首都高深川線が高架を走る通り、通称三ツ目通が環状3号線にあたる。三ツ目通は、地下鉄東西線の木場駅、地下に大江戸線の車両基地がある都立木場公園、都営浅草線の本所吾妻橋駅、言問橋へと至る。ここからは、言問通が環状3号線になる。JR鶯谷駅の北にある寛永寺陸橋を渡り、谷中1丁目に至る。

実は、ここから言問通からは外れるが、ここからが環状3号線の未完成区間である。さらに、秋庭さんが『帝都東京・地下の謎86』でも引用している文京区の都市計画図にあるようなルートを通る。

061114_10590001 環状3号線が再び姿を現すのは、文京区の白山3丁目。小石川植物園のある地域に、忽然と、通称播磨坂と呼ばれる桜の名所に出くわす。約500メートルほどのゆるい坂道は、桜の並木道になっている。道路の真ん中には中央分離帯があり、ここを散策できる。

061114_10570001 こんな感じである。周りに高層ビルが少ないから、昼間は暖かな日差しがあり、散歩すると気持ち良い。道路の幅は、40メートルと広い。そのわりに交通量が少ないのは、わずか延長500メートルしかないからだろう。東京としては、珍しい通りである。

この播磨坂を過ぎると、再び環状3号線は姿を消す。地下鉄丸ノ内線の車庫のあたりを通り、住宅街を突っ切り、地下鉄有楽町線の江戸川橋駅のあたりにつながる。ここから、新目白通を西へ進み、外苑東通へと合流する。この外苑東通も、いわゆる環状3号線である。自衛隊市ヶ谷駐屯地の西をかすめ、丸ノ内線の四谷三丁目駅、JRの信濃町駅、赤坂御用地の西を通り、地下鉄銀座線・半蔵門線・大江戸線の青山一丁目駅に至る。

061114_13030001 環状3号線は、ここから外苑東通を外れ、青山霊園の東側に沿って南下し、地下鉄千代田線の乃木坂駅の西側から六本木ヒルズ方面へと向かう。六本木トンネルをくぐり、六本木ヒルズの真横にある麻布トンネルをくぐり、麻布十番に至る。

さらに、環状3号線は、都営大江戸線の赤羽橋駅を通り、都営三田線の芝公園駅のところで終わる。

ここから先は、再び未完成区間。このまま首都高の都心環状線に沿って、インターコンチネンタル東京ベイの脇を過ぎて、何と、隅田川を一気に渡り、通称清澄通へ合流する。環状3号線の起点は、勝どきである。

環状3号線は、東京の都市計画の挫折の象徴である。

帝都復興事業では、既成市街地を貫通する2本の幹線道路である昭和通と大正通(靖国通)が整備され、初の環状線である明治通も整備された。関東大震災以降、人々は、震災の痛手が深かった都心部から、郊外へと移住を進めた。1927年(昭和2年)、東京の山の手地域を対象にして、放射・環状の幹線道路計画が決定された。このとき初めて、環6、環7、環8などが計画に登場。環状8号線は、つい最近完成した。

環5は、明治通。環1は、内堀通、環2は、外堀通に該当する。では、環3、環4は何かというと、1927年の都市計画決定のとき、都心の既存の道路を無理矢理つなぎ合わせて、環1から4に相当する道路としたという。

戦災復興で、再び東京には都市改造のチャンスが訪れる。でも、当時の安井誠一郎都知事は、復興事業の熱意に欠けていて、国庫補助の対象外となった区画整理予定地区の事業化をとりやめてしまった。結果、戦災復興事業の施行地区は、山手線、京浜東北線、総武線の駅前地区に限定されてしまった。

前述した文京区の小石川一帯は、東京では珍しく復興事業の着手が早く、当初の戦災復興計画のイメージのまま完成した例外的な地区だった。ところが、復興事業をしていない前後の区間は、幅員を縮小したにも関わらず、現在もなお、道路用地も確保されず、人家が建ち並んでいる。

六本木ヒルズの再開発により、青山霊園から麻布十番に至るルートは、最近になり完成したものの、文京区の住宅街を抜けるルートだけは、手を付けるにも付けられず、計画のままである。

さて、秋庭俊さんの本に戻ってほしい。

環状3号線は、国民が利用できない地下道という仮説。そもそも、環状3号線は地上に現にあって、国民が利用しているので、いったい利用できない道路がどこにあるのかが謎である。しかも、途中で中途半端に完成したルートもあるわけだから、これはいったい何?ということになる。

『道路現況調書』には、現にある道路しか掲載されていない。その通りである。で、現に環状3号線は、存在することは、上に述べた通りである。『道路現況調書』には、現にある道路を掲載しているが、未完成の道路は掲載しないとはどこにも書いていない。さらに、秋庭さんは、文京区の都市計画図を示して、環状3号線がここにあると説いている。が、これは環状3号線の未完成区間なので、地上のどこを探しても道路が見つからないのは、当たり前である。

ところで、都では、この環状3号線の未完成区間を、地下方式に変更しようという動きがある。現在の計画では、閑静な住宅街を突っ切るもので、小学校も横切る。ただ、外郭環状道路を大深度地下で通す計画すら、ようやく都市計画の手続きに入ったばかりだというのに、果たして環3まで地下方式にする体力が、今の東京都にあるのかどうか、かなり疑問が残る。秋庭さん流に言えば、政府専用地下道を国民に返してくれる、ということになるのだろうか。その辺は、秋庭さんにぜひ調べてもらってほしい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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コメント

このエントリーの5で書かれていた、秋庭氏が、彼が信頼できると思った人から漏らされた鍵かっこつきの『事実』から、始まったというのが、真相に近いと思います。

都営浅草線と東京駅との連絡線、日本橋の高速道路の高架廃止計画など、渋谷-池袋間、六本木周辺、大江戸線沿線でいじれなかった地域に、唐突にこうした計画が浮上する裏には、何かがあると『邪推』する方が、自然であると思います。

おっしゃるように、「1」だけで止めておけば、傷が広がらずに済んだのにな--と同情します。以上

投稿: 案田 蔵人 | 2007年1月18日 (木) 20時13分

どうもです。
そうだと思います。今となっては、最初の情報提供者の方に同情するばかりです。ジャーナリズムは、ジャーナリズムの範疇でのみ、真実を暴くことができるのです。霊能者やUFO研究家は、何を語っても、オカルトでしかないのですから。

投稿: mori-chi | 2007年1月18日 (木) 22時30分

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