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2006年11月13日 (月)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?33

その記事は、1989年1月26日、朝日新聞朝刊の29面、後ろのページ(テレビ欄)からめくると、2枚めくったページという、目立たない第3社会面にひっそりと掲載された。

東京ある記「点線の怪」

 神宮球場や国立競技場、絵画館などで知られる神宮外苑は、大正前期まで陸軍の練兵場として使われていた。大正六年(一九一七)の地図を見ると、一帯は「青山練兵場」となっており、絵画館のあたりが「明治天皇御葬場殿跡」。これが大正十二年になると「明治神宮外苑」と改称されている。さらに昭和七年(一九三二)の地図では現神宮球場の場所に「野球場」が書き込まれ、第二球場のあたりが「相撲場」になっている。住所は新宿区霞岳(かすみがおか)町である。
 ここの中央線を挟んだ北側が新宿区信濃町。現在慶應義塾大学病院がある場所は輜重(しちょう)兵営で、大正初めの同病院創設時は、軍用地二カ所から巻き上がる砂ぼこりがひどく、土地っ子は「信濃町ならぬ砂の町だ」と言い、病院ができてからは「死なぬ町になった」としゃれのめした。
 この町名は江戸時代、永井信濃守の屋敷があったから。武家用地なので明治まで町名はなく、同五年(一八七二)七月、四ツ谷村の一部が四ツ谷東信濃町に、千駄ヶ谷村の一部が千駄ヶ谷西信濃町になった。この二町に周辺を加えて信濃町に統一したのが昭和十八年(一九四三)四月。
 そんなこんなを確かめるため、古今の地図を見比べていたら、現在中央線信濃町駅の両側を線路沿いに走っている首都高速4号線が、区立四ツ谷第六小学校近くで地下にもぐるのに、最新の東京地勢堂発行の新宿区全図では、地下を通っていることを示す点線が書き込まれていないことに気付いた。見ればあたりが迎賓館の敷地。同社に理由を尋ねたら他意はないとのこと。各種の地図を調べたら、国際地学協会発行の新宿都市計画図にははっきりと点線が描かれ、その線はまぎれもなく迎賓館の玄関に重なっている。住所は港区元赤坂二丁目。正門を出たところは新宿区四谷二丁目。二つの区境に、そんなミステリーがあった。(吾)

秋庭俊さんの著作を読んでいる方なら、迎賓館の敷地の下を通る道路や鉄道が、地図によって、微妙に異なっていることをご存知だろう。迎賓館の敷地は、場所が場所だけに、歩いて調べるわけにもいかず、出版社が「他意はない」と言ってしまえば、もう、それ以上、踏み込むことができない。

地図にとって、捏造とは何か、という問題を書いた本があった。

『地図の記号論~方法としての地図論の試み』(批評社)

ここでは、作家の塩見鮮一郎さんが、「地図の恣意性-デマゴギーについて-」というタイトルで、上記の朝日新聞の記事を紹介している。

塩見さんは、“地図における恣意性はどこまで許容されるのか”という問いに対し、地下鉄の案内図を例にあげながら、こんな風に書いている。

地図における主題が、製作者にとっての「制約」になる。地下鉄案内図における主題ならば、駅の順序が「制約」となる。主題以外のこと、例えば駅のあいだの距離は、製作者の「恣意」にまかされる。

捏造もしくは隠蔽とは、地図表現の主題に関してのみ生起し、「恣意」にではなく、「制約」の領域に属する。

つまり、地図というのは、まずテーマ(主題)がまず、先にある。地下鉄案内図なら、駅順や乗り換え駅などが、主題=制約にあたる。本当は乗り換えできないのに、乗り換えられるように表現していたら、それは捏造、隠蔽になる。でも、駅間の距離が長かったり、短かったり、線路のカーブがあったりなかったりするのは、製作者の「恣意」にあたる。例えば、都営地下鉄の案内図で、大江戸線の環状部が、まん丸に表現されているのは恣意ということになる。

では、「他意はない」間違いは、どうなのだろうか。これは、秋庭さんが、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)で紹介している丸ノ内線と千代田線が重なっているか、いないかという話でも、同じである。

塩見さんは、かつて被差別部落に配慮した地図が作成されていた事実を紹介し、地図の書き換えについて、次のように指摘している。

今日の地図における捏造は、他国の支配層に対してなされるというよりは、自国の人民、つまりはその地図を購入し使用する人民にむけてなされるのである。ひどい話だ。

地図に書いてあることは真実・・・オイラたちは、普段からそう思いこんで地図を使っている。でも、地図は、前回も書いた通り、イコール100%現実という作り方をしていない。しかも、地図の歴史を振り返ると、戦争中の改描はもちろん、戦後でも、様々な形で地図は恣意的に作り替えが行われている。これをどう受け止めるか、オイラたちは、あまり意識していないのではないだろうか。

地図を見ても、隠された地下網など探せない、いや、隠された地下網を見つけた雰囲気だけ味わえることは、前回述べた通りである。現代の地図で、戦時中に行われたような、いわゆる「改描」が行われている事実はないことも、前回の通りである。でも、地図は、様々な思惑や意図を集めた総体でできており、時には出版社の「意図」により捏造が行われることもあるということも、覚えておく必要がある。

オイラたちは、ケータイで地図を調べ、カーナビに道を教えてもらっている世代だ。その地図が、どういう意図で作られているのか、あまり意識しない。目的地に着くのが、まず第一という発想。民主主義の国に生まれたからこそ、地図を疑う必要のない世代なのだ。でも、少し地図が伝えている「意図」に、目をこらしてみるのは、秋庭さんのように妄想を広げる必要はないが、意味のあることだと思っている。

『地図の記号論』では、別の項で、「『地図論』論」と題して、堀淳一さんが、進歩主義的地図史観からの脱却を説いている。進歩主義的地図史観とは、正確さと精密さを求める地図観。つまり、地下鉄案内図とは真逆である。地図の大切さは、目的にそって適切にデザインされているか、これに尽きる。

さて、少し変化球を投げてみた今回だが、もう一度、最初に記事に戻ろう。東京地勢堂の地図では、なぜ迎賓館の下で首都高のトンネルが消えていたのか。秋庭さんなら、「改描」で片づけてしまうかもしれないが、そういう発想では真実はつかめないだろう。少なくとも、国土地理院の地図ではトンネルは描かれているから、地図によってトンネルの場所が微妙に異なることはあっても、まるっきりトンネルごと消したら、しかも、それがたった1つの出版社だとしたら、「改描」という結論は出せない。では、本当に「他意はない」のか。その辺はぜひ、東京地勢堂の製作者に聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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