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2006年10月12日 (木)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?28

オイラの家から最寄りの駅までの道のりは、人通りはあまり多くないが、街路灯が道を照らしている。近くを甲州街道が通っているが、ここは国道20号で、昼夜を問わず、頻繁に大型車が行き来している。深夜にタクシーで甲州街道を通って帰宅するときには、いつもどこかで必ず道路の補修を行っている。深夜は、この工事渋滞に巻き込まれない日はほとんどない。

国及び宮内省の所有する街路にも固(もと)より建設修理点灯せねばならぬ。それを市民が負担する法はない。

上記は、大正時代、後藤新平東京市長に招かれたC・A・ビーアド博士(Dr.Charles A.Beard)の言葉である。秋庭俊さんが、あちこちの書籍で使っているので、ご存知の方も多いだろう。ビーアド博士は、1874年生まれ。来日当時49歳だった。秋庭さんは、「都市計画の権威」と説明しているが、ビーアド博士は、政治学が専門である。アメリカのコロンビア大学で、反戦的な3人の学者が追われる事件があり、ビーアド博士はこれに抗議して大学を去った。その後、ニューヨーク市政調査会の専務理事として、市政研究を指導した。

後藤新平は、ニューヨーク市政調査会を真似て、東京でも市政調査会を立ち上げようと、ビーアド博士を招いた。そのときに書いた著作が、『東京の行政と政治』である。この本は、昭和39年9月1日に『東京の行政と政治-東京市政論-』(東京都政調査会訳編)として復刊されている。皮肉なことに、この本は大正12年に刊行されたが、そのとき後藤新平はすでに東京市長の職を辞していた。

ビーアド博士が帰国後、帝都東京を関東大震災が襲う。後藤新平はビーアド博士に打電。それとすれ違うように、ビーアド博士も後藤新平に打電した。

Lay out new streets,forbid building within street lines,unity railway stations.

新しい街路を設定せよ。その路線内の建築を禁止せよ。鉄道駅を統一せよ。

ビーアド博士の『東京の行政と政治』をはじめ、様々な提言は、当時の多くの専門家からは反発を買っていた。が、後藤新平は、様々な局面でビーアド博士の提言を受け入れて、実際に形にしている。

さて、秋庭さんの登場である。『新説東京地下要塞』(講談社)からである。最初に紹介したビーアド博士の発言を引用して、次のように解説している。

 地上の道路は、国か地方自治体が管理している。「所有」しているわけではない。それは戦前も戦後も同様で、広く国民が利用できるからである。しかし、街路は国および宮内省が所有しているという。それは国民には街路が利用できないことを表している。「市民が負担する法はない」とあるのも、市民は街路が利用できない以上、建設費や維持費を負担させるのは筋が違うということである。
 つまり、街路は地上の道路ではない。「建設、修理、点灯」という言葉づかいからも、地下道のことだと想像がつくと思う。(P86)

最初に書いた通り、地上の道路でも、建設、修理、点灯しなければならない。いくら大正時代とはいえ、東京のど真ん中で街灯もない道路というのは、いかがなものだろうか。しかも、国や宮内省の管理する道路なら、真っ暗闇というわけにもいかないだろう。現代も同じである。

地上の道路も、所有権は、国であり、都道府県であり、区市町村である。場合によっては、個人の地主が所有する私道もある。国民が広く利用できるのは、地上にあるからではなくて、その所有権が国や地方公共団体だからである。私道の場合、所有者やもしくは、その場所に住む住民しか通行を認めないこともある。

「市民が負担する法はない」というのは、国や宮内省が道路を建設したり、修理したり、街路灯を設置するなら、国や宮内省が金を出せと言っているだけである。

当然のことながら、ビーアド博士はアメリカ人なので、英語しかしゃべれない。故に、「街路」というのは、日本人がそう訳しただけである。もともとは、おそらく、「streets」だったのではないか。上に挙げた電報の一文をご覧になれば分かると思う。

ビーアド博士は、『東京の行政と政治』の「第四章 都市財政の運営」で、次のような提言をしている。

第1に、中央政府は、首都に、また時としては、首都のほかの都市にも、たくさんの土地と建物を持っているのが普通である。道路が舗装され、水道給水幹線が敷設され、その他の都市改良事業が行われる場合には、中央政府は、一般市民と同じ原理に従って、負担金を全額支払うべきである。

第2に、国有の建造物への特別な道路をつくるために、道路が建設され、しかもそれが、私有地を横切るような場合には、中央政府が、その道路行政の経費の全額を負担すべきである。

第3に、首都の目的に沿うために、道路や街路の拡幅が行われる場合には、中央政府は、その事業に対する受益者負担金を支出するほかに、自己のためにさらに拡幅をしたような場合の経費の全額を負担すべきである。

第4に、政府の道路の舗装を行う場合には、中央政府は、上記の受益者負担金を支払うとともに、首都の必要を満たすための特別の拡幅の費用の全額を負担すべきである。

つまり、最初に紹介したビーアド博士の一文は、当時の中央政府に対して、首都としての都市整備を行おうとするなら、国としてちゃんと責任を果たせと提言しているのである。当時、後藤新平東京市長は、総額8億円にものぼる「東京市政要綱」を策定し、“後藤の大風呂敷”と揶揄されていたが、国はそれに応えようとせず、帝都東京の建設は一向に進まなかった。ビーアド博士の提言は、当時の中央政府に対する痛烈な一撃だった。

でも、当時の政府は、ビーアドの忠告を受け入れることはなかった。

関東大震災のあと、復興院総裁に就任した後藤新平は、ビーアド博士を再び招請する。ビーアド博士は、来日して、「東京復興に関する意見」を発表したが、その意見もほとんど聞き入れられなかったようだ。後藤新平の帝都復興計画は、どんどん縮小を余儀なくされ、当時の政府は近代都市東京を建設する劇的なチャンスを逃してしまう。それは、第2次世界大戦後の戦災復興の際も同じで、やはり東京は場当たり的な都市政策しか打ち出せず、東京の都心は今も相変わらず雑多としたままである。

太平洋戦争後、ビーアド博士は、「日本へ還ることができたらと思う」と漏らしたが、果たされることはなく、昭和23年に74歳で亡くなった。

ビーアド博士は、地下がどうとか、秘密の地下道がどうとか、そんな世界とは無縁な学者である。

秋庭さんの著作の特徴でもあるが、設計士や学者を勝手に、地下の秘密を暴露した英雄として扱うことが多い。おそらく、発言の言葉尻を捉えて、書かれている本人は思ってもいないような解釈を加えている。しかも、それが、国民に隠された地下鉄が存在する重大な証拠として提示されている。が、発言の原典を読めば、たいていは、そういった隠された地下網とは関係がないことが分かる。

世の中には、たくさんの情報があふれている。自分の見聞きした情報が正しいのかどうか、判断できるのは、自分しかいない。存在しない地下道があると思いこんで、地図を眺めて興奮していたりするくらいなら、自分の目で、自分の得た情報が正しいかどうか、検証すべきである。オイラは、オカルトに右往左往しながら自分の目を疑って生きていくのは、ごめんである。どうしたら、真実を判断する目を持つことができるのだろうか。それは、自分自身が試行錯誤しながら磨いていくことだろう。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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