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2006年10月11日 (水)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?27

“見てきたような顔をする”という言葉がある。新聞記者は、案外、これをやってしまいがちだ。例えば、役所が出したプレス資料を丸写しして、電話取材する。写真をもらって、記事を掲載する。すると、まるで見てきたかのような顔をした記事が出来上がる。その是非はともかくとして、ジャーナリストは、すべての現場を目にすることなどできないから、様々な伝聞をつなぎ合わせて、1つのストーリーを作る。

ありがちなのである。

秋庭俊さんも、マスコミ出身である。やはり、ありがちな記事を作る。

『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)からの引用。

末広町から神田へと向かう途中、銀座線の線路は二手に分かれ、万世橋へと向かうのが見える。戦時中、金属が不足して都電のレールがはがされていたが、この線路は最後まで残っていた。政府専用の地下鉄として使用されていたということだろう。(P48「18◆地下鉄万世橋駅はいまも使われているのではないか」)

このブログは、こういう基本的な話をご存知のマニアも読んでいらっしゃるだろうが、知らない人のために…。昭和5年1月1日、銀座線の上野・万世橋間1.7キロが開通する。万世橋と神田の間には、神田川が横切っており、この神田川の下を潜るトンネル工事が難航したため、神田川の手前で仮説の万世橋駅を設置した。昭和6年11月21日、万世橋・神田間0.5キロが開通。同日、万世橋駅は廃止され、駅の出入り口は通風口として利用されることになった。現在でも、秋葉原交差点角にある家電量販店の前に残っている。

仮設の万世橋駅は、末広町駅から万世橋駅に至る複線用のトンネルの片方(現在の神田から末広町へ向かう軌道)に仮乗降場を設け、末広町駅から万世橋駅までのもう片方(現在の末広町から神田へと向かう軌道)を単線で運転していた。末広町駅の神田側には、このとき片渡り線が設けられた。

なので、万世橋駅は、秋庭さんが言うように、二手に分かれた先にあるような駅ではない。現在、トンネルの当該箇所には、柱がないので、銀座線に乗っていると、だいたい分かると思う。「この線路は最後まで残っていた」とあるが、秋庭さんは、いったい何を見たのであろうか。

同じように、この本では、他にも、見てきたような顔をして、まったくの勘違いをしている箇所がある。オイラが、このシリーズの最初に書いた以下の記事を参照してもらいたい。

東京の地下鉄は戦前からすでに作られていたという噂は本当か?

↑ありもしない東大前の地下通路の話である。

秋庭さんは、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)の文庫版あとがきで、こんなことを書いている。

この本が出版されたことで、こうした情報や資料が集まるようになり、私は次第に地下の専門記者、専門作家として認められるようになったのだと思う。(P412)

おそらく、秋庭さんのもとには、無数の地下ネタ情報が集まっているのだろう。こういう本がそれなりにヒットしたのだから、それも分からないでもない。そのネタをもとに本を書くのも、仕方ないことだと思うし、信憑性の善し悪しはあっても、個人の自由だ。

が、秋庭さんの本を読んでも、うーんと首を傾げてしまうのは、

この人、ウラをとらない、ってことだ。

要は、地下ネタの垂れ流しなのである。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か12

↑ここでも、ウラはまったくとらず、営団の社員と名乗る男の話を鵜呑みにしている。

次も、『帝都東京・隠された地下網の秘密』である。銀座線神田駅のことである。

かつてこの駅の「B1」にも線路が敷かれていた。おそらく特殊な二段重ねで、その線路は神田駅で分岐していた。本線は三越前駅へと向かい、支線は東京駅へとつながっていた。「B1」の線路を支えるためにこの地下通路があり、そのために利用者はいまも「B1」には上がれない。以前、この「B1」を利用していたのはおそらく軍事政権だった。(P256)

さらに、『帝都東京・地下の謎86』から。

この駅のホームは地下二階にあるが、利用客は地下一階には行かれないようだ。ここにも大がかりな仕掛けがあるらしい。(P50「19◆疑惑の地下鉄神田駅」)

戦前に銀座線を作った東京地下鉄道が作成した『東京地下鉄道史(乾)』に、神田駅の2階に何があるか書いてある。復刻版が昭和58年9月に、『大正期鐵道史資料第2集(8)・東京地下鉄道史(乾)』(日本経済評論社)として刊行されている。

それによると、「神田駅は隧道土被厚の関係上、二階部として相当広い面積が利用されることになったので、これを変電所に利用することができた」とあった。

つまり、神田駅のB1は変電所である。

これも、書籍を読めば分かることではあるが、実際に地下鉄の神田駅を歩いてみると、B1部分に線路を敷く余裕などあり得ないことに気づくだろう。

さて、ここから先は余談である。

神田駅から末広町に向かう途中、アーチ型のトンネルがあるのが分かる。ちょうどこの辺が神田川が横切る真下ということになる。この部分の隧道を構築したのは、当時の東京市である。帝都復興計画で、神田川にかかる万世橋の橋梁を架け替えを行うことになり、東京地下鉄道は、この部分の建設を東京市に委託した。市では、架橋に先立って、まず川底に隧道を構築し、その上で万世橋を架けるという工法をとった。

このアーチ型トンネルは真ん中に柱がない。この部分にはかつて、X字の渡り線が設けられ、神田駅折り返し用の渡り線として利用されていた。昭和7年4月29日に、銀座線は神田から三越前まで延伸しており、この際に渡り線は撤去された。

末広町駅の神田駅よりにも、かつて、万世橋駅からの単線運転を行うための渡り線があったが、その後撤去されている。終戦後の昭和27年1月1日から、渋谷・末広町間の折り返し運転が始まっており、この際に再度設けられ、利用されたものと思われる。末広町折り返しの電車は、昭和31年10月1日に上野駅まで延長された。営団の資料によると、この渡り線は、昭和53年12月10日まで使用され、同54年3月1日に再び撤去された模様である。

たかだが、渡り線でも、いろいろな歴史があるのだね。

残念ながら、銀座線の歴史を振り返っても、二手に分かれた先にある万世橋駅なんて登場しない。そこにトンネルがなければ、その先にある政府専用の地下鉄も存在しない。神田駅の地下1階に構造物があれば、そこに線路など敷けない。

秋庭さんは、どうして、ネタのウラをとろうとしないのだろうか。テレビ局勤めの際に、そういう教育をされなかっただろうか。ジャーナリストの一番大切な仕事は、真実と嘘の境目を区別することだと思う。自分の見聞きした事実を垂れ流してしまったら、どこやらの巨大掲示板とレベルが変わらない。秋庭さんは、どうして見てきたような顔をして、ガセネタまで真に受けて垂れ流してしまうのだろうか。そこは、秋庭さんに聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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コメント

結構、日本の近代を探っている方々には有名なサイトなので、すでにご存知かかとも思いますが…

万世橋の工事については、ここ
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/05-04/05-04-1013.pdf
に、大きな写真付きの記録があります。

投稿: 胆高 | 2009年8月29日 (土) 18時41分

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