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2006年9月10日 (日)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?22

先日、何気なく、Googleで、「東京地下要塞」と検索したら、オイラのブログが一番上に登場した。何と、秋庭俊さんの公式サイトよりも、はるかに上である。

ぶったまげた。

ここんとこ、やけにアクセス数が増えたなあと、他人事のように思っていたが、たかだかオイラのブログなのに、多くの人が訪れたのだなあと感慨深かった。

今日は、これまでの内容を若干補完しようと思う。内容は重複している。

まずは、『新説東京地下要塞』(講談社)からの引用である。

だが、サンシャインシティの周りの機関は一つも該当せず、調査の範囲を広げた結果、それは豊島区役所のことだとわかった。五〇〇メートルも離れた所は、普通は「周囲」とはいわないものだが、区役所に気をつかっていたのかもしれない。この事実はごく限られた人にしか知られていなかったからである。(P70)

東京都都市計画局が作成した『地域冷暖房施設事例集』(2000年3月)という冊子がある。「地方分権一括法」の成立により、2000年4月より、地域冷暖房施設の都市計画決定権者が、特別区では、都から区へと事務移管された。その際に、都が、都内の地域冷暖房施設の全事例を列挙した冊子である。

地域冷暖房施設には、都市計画決定が必要である。市町村なら都が、23区なら当該区が、都市計画決定を行う。都市計画決定には、当該自治体の都市計画審議会に諮る必要があるから、地域冷暖房施設を極秘に作ることなど不可能である。

この冊子を読むと、サンシャインシティから豊島区役所まで延びる洞道は、「東池袋1号線」といい、延長約440メートルである。ちなみに、大手町にも同様の施設があり、ここでは最大で洞道延長約700メートルを誇る。池袋駅を挟んでサンシャインシティとは逆側にある西池袋にも、地域冷暖房施設があり、ここでも最大で延長約510メートルの洞道がある。

新宿西口やサンシャインシティには、冷暖房の洞道がある。公園やビルの下に冷暖房の施設があり、そこでつくられた暖気や冷気は、洞道を通じて各ビルに送り込まれている。この地下道の高さも二メートルを超えるくらいで、ほとんどは地表近くの浅いところに敷設されている。やはり、ルートは公表されていない。(P44)

これはオイラの予想だが、秋庭さんは、西新宿の地域冷暖房施設のプラントが、新宿中央公園の下にあると勘違いしている。このプラントは、パークタワービルに隣接した東京ガスの建物の地下にある。洞道は、最も長いもので760メートルあり、合計で1140メートルの洞道が延びている。新宿中央公園の地下にあるのは、超高圧地下変電所である。地域冷暖房施設のプラントが公園の下にあるという事例は、オイラが知る限り、ない。

西新宿一帯には、これ意外にも別個の地域冷暖房がある。例えば、工学院大学の地下やエルタワーの地下にもプラントがあり、「西新宿1丁目地区地域冷暖房施設」と呼ばれている。洞道延長は、全体で約630メートルに達する。地下変電所がある新宿中央公園も含めた副都心の西側に位置する地域、西新宿6丁目、2丁目、8丁目、北新宿2丁目にわたる約19ヘクタールを供給範囲として、「西新宿6丁目西部地区地域冷暖房施設」がある。さらに、西新宿には、アイランドタワーに地域冷暖房のプラントがある。

西新宿一帯は、秋庭さんの想像をはるかに超えて、穴だらけである。

ルートの詳細は、前述の冊子に、地図といっしょに掲載されているので、確認されてみてはいかがだろうか。

さて、もう1つ、これまでの情報を補完しよう。

新橋-三原橋間には、結局、市電の線路は敷かれず、戦後もこの区間には都電は走っていなかった。(P134)

『東京・市電と街並み』(林順信、小学館)に過去の市電路線図が掲載されていた。

明治40年3月20日付の路線図には、三原橋-新橋間は存在しない。その後、震災後の大正15年3月の路線図には、三原橋から新橋までの路線もあり、停留所も間に2つある。昭和11年10月付の東京市電気局の最初の大型路線図には、三原橋から新橋まで線路があり、三原橋から赤坂見附を通り、飯田橋に至る32系統という路線がある。

当然、戦後にGHQが撮影した航空写真には線路があり、それをもとにして作成された地図にも線路がある。戦後、この区間は廃止された。

最後に、『地下・地下・地下!』(稲田善紀、森北出版)に、高輪変電所をめぐるこんなエピソードが紹介されていた。

高輪変電所は、高野山東京別院が、弘法大師の御入定千百五十年記念事業として、お寺を建て替える際に、都内10番目の超高圧地下変電所を建設したのだそうだ。仏教では、どこのお寺でも、本尊を祀ってある真下の地面に、経典など大切なものをいわばタイムカプセルのように埋めておくらしいが、ここには変電所がある。そこで、地下7階の下の地面に埋めてあるのだそうだ。

ちなみに、工事前のお清めは、神式ではなく、仏式だったという。

検索エンジンというのは、なかなか奥が深い。ブログやサイトの作者が、それを意識しなくても、目立つ場所に上がったり、検索してもなかなか出てこなかったり。検索エンジンでヒット数を増やすコツがあるらしいけれど、オイラはまったく知らない。それにしても、なぜ、東京の地下は、これほど人の心を魅了するのだろうか。その辺は、ぜひ、皆さんに聞きたいところである。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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コメント

こちらのブログ、面白く拝見させていただいております。

>>地域冷暖房施設を極秘に作ることなど不可能である。
熱供給事業法というのがありまして経済産業省(旧通産省)の監督下にも
入っています。極秘に造るなどできるはずもありません。

>>地域冷暖房施設のプラントが公園の下にあるという事例は、オイラ知>>る限り、ない。
公園ではないですが、再開発地域の公開空地の下にはあります。
大手町のカルガモ池の下とか。冷凍機やボイラを取り替えたり増設する
場合、高層ビルの真下より公開空地の下の方が簡単にできます。

>>そこでつくられた暖気や冷気は、洞道を通じて各ビルに送り込まれて>>いる。
秋庭氏はかなり勘違いしているようですが、そこでつくっているのは冷気
や暖気ではなく、冷水と蒸気、又は温水です。
トンネル自体は2〜3mあっても洞道の中は数十cmから1m以上のパイプ
が4、5本走っていますので、人が通れるスペースは幅1m以下しかありま
せん。

投稿: とくめい | 2006年9月17日 (日) 03時23分

こんにちわ。いろいろ教えていただきありがとです。

地域冷暖房施設が公園の下にない、というよりは、都市計画法上の都市計画公園の下には地域冷暖房施設をつくることができない、と言ったほうがいいのでしょうね。新宿の地下変電所は、わざわざ都市計画法を改正して実現したわけですが、地域冷暖房施設をつくってもいいとはなってません。

投稿: mori-chi | 2006年9月17日 (日) 20時41分

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