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2006年8月14日 (月)

東京大停電で考える・・・東京の電気はどこから流れてきたのか?

今日は、午前中、お盆休みをとっていたのだが、朝、寝ぼけ眼でテレビをつけると、都心で大規模停電というニュースが流れていて、びっくり。慌てて用意して、会社に向かった。

帰宅してアクセス解析を調べると、普段の4倍近いアクセス数が…。ほとんど、停電の関係を調べに来ているらしい。おそらく、この記事が目当てだろう。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?17

もっとも、この記事は、ほとんど別の趣旨で文章を書いているので、分かりにくい部分があろうかと思うので、今夜は若干、解説を加えたい。

まず、この記事で紹介している『ニューフロンティア地下空間』は、1990年に発売された書籍で、現在と比べるとかなり古い資料であることをご了承願いたい。

この本の138ページには、「首都圏における基幹送電系統」という図がある。

都内で最初の超高圧送電線は、1960年代から70年代にかけて、縦断するルートと横断するルートが建設された。縦断するルートは、新所沢から、南狭山、新座、豊島というルート、北東京から、京北、豊島というルートが合流し、豊島から高輪、池上、南川崎に至る。横断するルートは、新京葉から、江東、城南、新宿、北多摩に至る。さらにその後、新座から、練馬、水道橋に至るルート、新野田、北葛飾、墨東、永代橋に至るルート、荏田(横浜市)、世田谷に至るルートが完成している。

この図では、工事中だったり計画だったりしているルートもある。確認していないが、おそらくこれらのルートは、すでに完成しているらしい。北葛飾から、上野、水道橋、東新宿、新宿に至るルート、新京葉から、新豊洲、新大田、さらに豊島からの縦断ルートに合流するルート、永代橋から南渋谷、世田谷へと至るルートである。

これらのルートのほとんどは、27万5000ボルトで、新京葉から新大田に至るルートのみ、50万ボルトである。

記事にも書いたが、23区内では、これらのルートのほとんどが、地中を走っている。

今日、早朝に事故が起きた箇所は、新京葉から江東に至る架空送電線が旧江戸川を渡る地点である。このルートは、江東変電所から地中送電線で城南へと流れるが、途中で永代橋から南渋谷、世田谷、荏田に至るルートがある。今日、都内だけでなく、横浜でも停電が起きたのは、こうした系統に起因する。

それにしても、都内の送電系統は、意外にもろいと思った。経済産業省の事務次官が、過去の停電事故と比べて3時間という時間は短いと言っていたが、都心で3時間停電するというのは、かなり深刻な事故だと思う。ここは、大阪や名古屋ではない。

マスコミは当初、都心のビルのあちらこちらから煙が出ているため、「テロか?」と疑ったという。これは、自家発電が動き出したときに上がる煙なのだが、仮にテロだったとしても、実に簡単に都内をパニックに落とせるということが、証明されてしまったような気がする。

ところで、先日の山手線隆起事件の教訓からすると、そのうち秋庭さんが、自分のホームページで、「停電は、隠された地下網で起きた」なんて冗談を飛ばす可能性がある。現場の場所も知らずに、付近をウロウロと歩いて、すっかり撤収されているのも気づかず、何もないと騒ぎ、やはりここには地下道があると妄想し、国を憂い、嘆き悲しむのであろう。

でも、秋庭さん、違いますから(笑)

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