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2006年7月13日 (木)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?14

東京の川が、沈んでいく。

何の話かと思うかもしれない。明治末期、神田川の高田馬場以西は、蛇行していたというのをご存知だろうか。今では、ご存知の通り、四角い、まるで地下鉄の開削方式のトンネルみたいな溝が、ゆるやかなカーブで流れている。今みたいな真夏になると、時折、集中豪雨が降って、この溝を勢いよく濁流が流れて、時には周辺に水が溢れて洪水になる。東京の川のほとんどは、例えば、石神井川のような都市河川は、かつて蛇行しながら、隅田川や荒川、東京湾へと注いでいた。

都市化が進み、道がアスファルトに埋め尽くされ、下水道が普及すると、今まで地下に染みこんで、徐々に川に注いでいた水が、一気にこうした都市河川へ注ぐようになる。すると、蛇行した河川はあっという間に溢れて、周辺が洪水になる。仕方なく、行政は、蛇行している川をショートカットして、曲がらない川に作り替えた。蛇行をカットして、川の流路をスマートにすると、川は、海面までの距離が縮んでしまう。どうなるかというと、海に向かう勾配が急になって、水が勢いよく流れ落ちるようになる。

次第に、流量を増やすため、川底は深くなる。だんだん川は、沈んでいく。そして、ついに上に蓋をして、暗渠の川になり、地下に潜る。

東京の地下には、たくさんの地下河川が流れている。昔は自然の川だったものや、江戸時代に上水として流れていた川だったり、高度経済成長期に地下河川としてトンネルが掘られたものもある。

地図を見ると、東京の区の境界線に、道路を挟んで小さな飛び地がある。これは、区の境界線が昔、川が蛇行していて、後に川をショートカットする道路を敷いたためで、今でも境界線の地下に蛇行した地下河川が流れていたり、ショートカットした道路に下水道幹線が通っている。典型的なのを1つあげれば、藍染川という小さな小川が、かつて東京の台東区と荒川区の区界を流れ、上野にある不忍池に注いでいた。今は、藍染川は、地下の下水道幹線と姿を変えている。下水道と言っても、かつてのどぶ川に蓋をしただけだから、最近の下水道と比べて、悪臭もするし、老朽化が進んでいる。

この藍染川は、かつての石神井川が源流である。現在の石神井川は、東京の北部を荒川に向けて流れているが、江戸時代くらいまでは、飛鳥山西端から旧古川庭園、中里、田端、JR西日暮里付近を流れ、千駄木、根津と通り、不忍池まで流れていた。さらに、お玉が池(現在の千代田区岩本町周辺)へと流れ、江戸橋の辺りから東京湾へと注いでいたらしい。現在、浅草橋あたりを流れている初期の神田川は、1605(慶長10)年に、旧石神井川の放水路として創設された。

さて、川の話は、ここから下水道の話へと変わる。理由は、東京の都市化である。藍染川は、東京の都市化が進むにつれ、次第にどぶ川へと姿を変えていく。そして、昭和初期の頃から徐々に川に蓋をして、暗渠の川へと変貌することになる。当時の写真を見ると、現在の神田川と比べてもはるかに細い川で、川というより小川、用水路という感じ。1923年に三河島浄水処理場ができて、藍染川から汚水が流れ、処理された水が荒川に流されるようになる。もう、こうなると、川ではなく、下水道だね。

明治時代、東京には江戸以来の多数の新川や新堀があって、それらが排水の幹線路となっていた。下水道といっても、汚水が町のあちらこちらの溝を垂れ流されているという感じだろう。コレラが大流行して、下水道の整備が東京の大きな課題となる。そこで、当時の市区改正審査会は、新設の運河建設計画をほとんど棚上げして、「下水改良」の方針を決める。ところが、当時の日本の官僚や専門家の間では、上水道優先論が潮流になっていた。欧米の都市では、上水と下水は同時並行で整備するのが当たり前なのに、日本は、1890年に市区改正委員会が下水道改良の延期を決め、その後10年間、ひたすら上水道整備へと予算を費やすことになる。

その流れが変わったのは、関東大震災である。それまで下水道の整備は細々と続いていて、秋庭俊さんの『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)でも、269~272ページに書いてあるように、下水道の整備は遅々として進んでいなかった。関東大震災のあと、C・A・ビアード博士は、『東京の行政と政治』で、「何よりも早く完成が急がれるのは、下水道の整備拡張である」と主張。東京市は、8ヵ年に総額7874万円をかけて、全市に下水道を整備する方針を掲げた。もっとも、この計画は、実現しなかったが…。

さて、かくして、旧石神井川の下流部は、下水道のネットワークに変貌した。藍染川は、名前だけ残っているが、今では下水道の一部である。現在では、当時の流路は、下水道谷田川流域幹線、下水道藍染川幹線、下水道真島町幹線と流れ、湯島ポンプ場にたどり着き、そこからポンプアップして、藍染川幹線へと戻り、三河島の処分場へと向かう。

『江戸・東京の川と水辺の事典』(柏書房、鈴木理生編著)によると、 「昭和通りは、当時(震災復興)の道路規模の常識では桁外れの巨大なものだったが、道路と一体をなす下水道の面から見ると、かつての石神井川の河床の勾配を忠実になぞる形に建設されている」という。帝都復興は、自然の地形に即した人工地下水系の建設を考慮して計画された。つまり、重力に従った設計がされていたのである。

旧石神井川の流れは、現在の地図を見ても、さっぱり分からないが、地下鉄千代田線の路線をなぞると、何となく見えてくる。地上にあった川は、沈んでしまい、姿を消したが、その後にできた下水道のネットワークは、かつての石神井川の流れを記憶しているかのような設計がされているのである。

前に紹介した本では、こんなことも書いてある。

「都市施設としては、上水より下水の方が優先された。限られた空間に多くの家屋が集中する市街地では、上水の確保以前に下水処理の『みちすじ』を考えておかないと、その市街地は市街地としての機能を果たせない」

つまり、先に地下水系があった。

さて、そこで秋庭さんの例の本である。『帝都東京・隠された地下網の秘密』では、戦前の政府が、「下水改良」の名の下に地下鉄を敷いたという主張をしているが、かなり長くなってしまったのでいちいち具体的な指摘をしたくないが、結論から言うと、

「下水改良」地下鉄など存在しない。

どうやら、藍染線、飛鳥山線という地下鉄の話から、同じ名前の下水の話になっていた。(P270)

例によって、秋庭さんの資料の読み間違えである。そんな地下鉄は存在しない。下水は、地下の話である。

そもそも、下水の改良などということは、普通は、閣議にはかるようなことではなかった。(P270)

コレラが大流行していた時代である。下水改良は、国家的課題だったのだ。

下水改修と下水改良には区別があって、「大下水改修」と「改良工事」であれば「大下水改修」のほうが先決に思えるものの、実際はその逆だということだった。(P272)

秋庭さんは、また勝手に誤解しているが、当時の東京には、江戸以来の新川や新堀があって、それが排水の幹線路になっていた。こうした新川や新堀の枝線に相当するものが、町々の通りにあった「大下水」あるいは「大どぶ」である。下水改良は、新川とか新堀といったものをちゃんと下水道として整備しなおすことで、「大下水」とはそこにつながる枝線だから、後回し、そういうことではないだろうか。改良が先なのである。

副総裁は「いろいろの下水」と発言しているものの、下水に本当にいろいろあるとは思えなかった。これはつまり下水ではないと考えるべきことだった。(P273)

営団地下鉄の副総裁が、戦後の都市交通審議会で発言した文言の揚げ足をとっているだけである。「いろいろの下水」が、なぜ地下鉄になるのか。そう読めるのは、日本国民で秋庭さん以外に誰もいない。道路の下には、下水も、電線も、地下鉄もある。だから、「いろいろ」なのだ。下水は、下水以外の何ものでもない。

下水改良が地下鉄建設だったことを示す資料は、秋庭さんの本にはどこにも紹介されていない。あるのは、戦前戦後の要人の発言の言葉尻を捉えて、無理矢理結びつけているだけである。

最後に私見を。

戦後に建設された地下鉄は、川の近くを通っているように見えることがある。

東西線が神田川に沿っていること、千代田線が暗渠の藍染川に沿っていることも、私には、こうしたことと関係がないとは思えなかった。(P117)

地下鉄が川に沿って建設されているのではなくて、もともと川の自然な流れによってできた谷に沿って、幹線道路ができていて、その道路の下には、かつての川の流れをなぞるようにして、下水道のネットワークが敷かれている。そして、戦後、幹線道路に沿って、地下鉄が敷かれた。現在の東京は、かつて地上を流れていた川が、地下に沈んで、下水道などになって消えたものの、今も人工の地下水系になって、「川」となって流れ続けている。

東京は、地下の水の流れが、まず先にある。

さて、そろそろ言い訳をしておいたほうがいいだろう。オイラは、秋庭さんが主張するような戦前に隠された地下鉄網があったことを否定するつもりはない。だが、少なくとも、下水改良地下鉄は、存在しなかった。では、どうして秋庭さんは、下水改良地下鉄があると思いこんでいるのだろうか。それは、ぜひ秋庭さんに聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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コメント

この内容 く,くどい.

投稿: 井の頭 | 2006年7月14日 (金) 09時18分

いや、このシリーズ、大人気なんですわ。たぶん、訪問者の8割くらいは、これ目当てでは…。しばしお付き合いを(^^ゞ

投稿: mori-chi | 2006年7月14日 (金) 09時23分

うそぉ~.
岡本太郎の話題のほうが よっぽどいいゾ.
あの壁画をわしも見てみたい.

投稿: 井の頭 | 2006年7月14日 (金) 15時19分

マジです。このblogには、1日に150~400くらいのアクセスがあるんだけど、そのうちの8割くらいは、秋葉系の記事を読んでいる。売れてるんだね~、この人の本。

投稿: mori-chi | 2006年7月14日 (金) 15時35分

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