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2006年7月 3日 (月)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?13

「停車場」と「停留場」との違いは、何だろうか。

急に何を言い出すのかと思うかもしれないが、例えば、東京メトロ半蔵門線で言うと、渋谷は停車場、表参道は停留場、青山1丁目は停留場、永田町は停留場、半蔵門は停車場、九段下は停留場、神保町は停車場、大手町は停留場、三越は停留場、水天宮前は停車場…。

『新版鉄道用語事典』(久保田博、グランプリ出版)によると、「停留場」とは、「私鉄などで使われた呼称で、構内に分岐器のある駅を停車場、分岐器のない駅を停留場と呼んでいる」と書かれている。「など」というのは、地下鉄も含まれるそうだ。「停車場」とは、「列車を停めて旅客の乗降、貨物の積み降ろしなどの鉄道の営業上必要な取り扱いと、列車の行き違い、列車の追い越し、列車の解結、車両の入れ換えなどの運転上必要な取り扱いを行うところ」としている。

鉄道の現場では、同じ駅でも、停車場と停留場を使い分けているのだ。上記の定義では、分かりにくいかな。つまり、「分岐器」…線路が二手に分かれるようできている駅、それは、まったく別の線に向かうものじゃなくても、上り線から下り線へ渡る分岐や、その逆なんかも、「停車場」の類に入る。上の半蔵門線の例を出すと、渋谷駅は同線の起点なので、上下線が渡り合う分岐器がある。表参道駅は、行けば分かるけれど、ホームは4線あって、真ん中の2線が銀座線、両端が半蔵門線、なので、ここには半蔵門線の分岐器はない。

『鉄道辞典(下巻)』(日本国有鉄道)…これは、ちょっと古い資料だけれど、何たって、天下の日本国有鉄道、国鉄である。これによると、「停留場」とは、「地方鉄道においては、列車を停止して旅客の乗降・貨物の積み卸しを行う場所で、転轍器(てんてつき)の設備のないものを停留場という。軌道においては、地方鉄道の停車場・停留場・信号所に相当するものをすべて停留場と称している」とある。「停車場」とは、「駅」「操車場」「信号場」の総称だと書いている。

「転轍器」とは、『大辞泉』によると、「鉄道で、車両を他の線路に移すために、線路の分かれ目に設けてある装置。転路機。ポイント。」のこと。こっちのが分かりやすいか。

さて、ここまで読んだ上で、下の文章を読んでもらいたい。

なお、昭和31年5月17日付営発第249号をもって申請の四ツ谷・新宿三丁目間分割工事施行許可申請書中、新宿三丁目停車場については、これを新宿三丁目停留場に変更いたしたにつき、追って右変更の手続きをいたします。

1956年12月19日、営団は、丸ノ内線の四谷・新宿三丁目間のルートを変更し、工事を申請している。ご覧の通り、線路のポイントがある停車場から、それがない停留場へと変更する、それだけの内容である。ルートは、靖国通りから新宿通りへと変更されたが、どちらを通っても、新宿三丁目を通ることになる。

お待たせした。秋庭さんの登場である(笑)

『帝都東京・地下の謎86』(秋庭俊、洋泉社)では、上記の営団の申請書を掲載した上で、次のように述べている。

戦前、地下鉄の起点や終点、分岐点の駅などを停車場、それ以外の途中駅を停留場と呼んでいた時期もあるが、丸ノ内線の新宿三丁目はいずれにしても途中駅である。停車場から停留場になるような変更はなかった。(P192)

もう全面的に間違っていることがお分かりだと思う。途中駅でも停車場になることは、一番はじめに紹介した半蔵門線の例を読めばお分かりだろう。神保町駅も、半蔵門駅も、途中駅だが、停車場である。停留場の定義も誤解している。

変更前のルートの靖国通りには、いま、都営新宿線が走っている。都営新宿線の線路の幅は、当時の都電と同じものである。都電の車両を地下に入れれば、そのまま走ることが可能である。都電の駅は停留場と呼ばれていた。(P193)

つまり、都営新宿線のトンネルは戦前からあって、そこには都電が走っていたと言いたいのだろうが、都電の車両を地下に入れると確かに走らせることはできるかもしれないが、上記の営団の申請書は、都営新宿線とは、何の関係もない。

次に、『新説東京地下要塞』(秋庭俊、講談社)である。ここでも上記の営団の申請を取り上げている。よほど自信があるらしい。

靖国通りに建設する予定だった新宿三丁目駅は、まだ、工事の申請段階だったにもかかわらず、ルートが変更になったとたん、あっというまに新宿三丁目停留場に変更されたということである。停車場は地下鉄丸ノ内線の駅のこと、停留場というのは都電の停留場だったはずである。(P164)

ルートは変わったのだから、新宿三丁目の停留場は、現在の丸ノ内線の新宿三丁目駅のことである。ルートを変更する申請をしているのに、駅だけが元のルートの上にポツリと取り残されることなど、ありえない。ルートといっしょに駅も、新しいルート上に移動している。停車場は、停留場になった。つまり、転轍器はない駅になった。

万が一、仮に、の話であるが、東京の地下に都電網が張り巡らされていたと仮定したとして、この営団の申請にある停留場は、都電のものではない。隠された地下網とは、何の関係もない但し書きである。丸ノ内線の四谷・新宿間の駅のうち、新宿三丁目だけ停車場から停留場に変更された、ただ、それだけの、他愛のない、色気もない申請書の一文である。

秋庭さんの悪い癖である。書類を勝手に読み間違える。読み間違えた結果を、事実と混同して、さらに想像を張り巡らせる。でも、最初の読み違えがあるから、どこまでいっても、真実には近づけない。ジャーナリストとしては、悲しい運命にある。秋庭さんは、なぜ、どこまで突き詰めても、真実にたどりつけないのだろうか。それはぜひ、秋庭さんに聞いていただきたい。オイラのほうからは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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