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2006年6月25日 (日)

『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』(秋庭俊著)を読む5

そこにないものを、ないと証明することほど、難しいことはない。そこにあるものは、実物を見せれば、あると理解できる。でも、そこにないものは、「昔はあった」「あなたに見えないだけだ」「今はないだけだ」などと反論されると、そこにないと証明するための特効薬がない。従って、ないものはないんだと、強行に言い張って、あたかも、自分が何かを隠しているような罪悪感に陥るハメになる。これが、やっかいだ。例えば、心霊写真とか、UFOとかが、その類である。

そして、国民に隠された地下網……これも、その類に入るのかもしれない。

第六章は、もうお読みになっただろうか。オイラは、ここをいくら読んでも、何について書いてあるのか、理解できなかった。歴史上の人物がたくさん登場するが、それがどうして地下に関係しているのか、何度繰り返して読んでも、分からなかった。

京成は戦前に地下区間を開通している。(P171)

上野の地図が173ページに掲載してあり、京成本線のトンネルの延長線が2方向に点線で描かれている。まず、この意味がよく分からない。

線路に沿って直線を延ばしていくと、皇居前広場の二重橋交差点に至る。(P172)

だから、何だと言うのだ。まったく説明がない。そこに地下道があったのか。

この後、いろんなエピソードが書いてあるが、それぞれのエピソードはバラバラで関連がなく、何を言いたいのか理解不能である。政治の話だったり、私鉄の話だったり、あちこちに話が飛ぶ。

この時期、ボストンには極秘の地下鉄(路面電車)網が完成していた。(P185)

と、突然、地下鉄が登場する。自由党だとか、戦争だとか、板垣退助だとか、ダイナミックな話をしている途中に、突然である。

天下を掌握する方法は、つまり、極秘地下鉄の建設ではなかったのだろうか。(P185)

そして、突如として、日本に話は舞い戻り、こんな唐突な結論が出てくる。ここまでに出てきた地下の話題は、京成が上野に地下を掘った、それだけである。

地下鉄の話をするかと思うと、話題はまた、自由党がどうとか、明治天皇がどうとか、歴史の話題に移る。この話題が突然飛躍するのは、193ページである。

鉄道の認可は、通常、起点と終点があるだけで、線路の本数に制限はなく、地上地下の区別もない。(略)地下に道路の下を走る路線と一直線に走る路線を敷いても構わない。(略)数学的にいえば、線路の敷き方は無限にある。(P193-194)

路面電車の認可の話が、ここで突然、地下鉄の話に飛躍する。鉄道の認可が下りると、地上の路面電車と、地下の路面電車の両方を敷くことができる、こういう話だと思う。でも、理論的に可能かどうかと、実際に敷いたかどうかは、別の話である。当時の鉄道会社が、実際に地下に路面電車を敷いたかどうかの検証はなく、でも、秋庭さんのいつものノリで、この時点ですでに地下に路面電車が走っていることが、「事実」になってしまっている。しかも…

この手の上水は川を暗渠にしたものだから、川幅は皇居の濠と同じくらいあった。(P195)

急に江戸時代の上水が登場し、地下の暗渠を船が行き交っているという話になる。そして…

その地下の上水の水運を、電車に替える際、どんなことが必要かわからないが、西郷は海軍、三菱、皇族間の調整をしていたのだと思う。(P196)

ここで、上水の暗渠を地下鉄が走る、という飛躍が起きる。ここも、根拠はいっさいなく、秋庭さんが、そう思っただけであるが、すでに次の展開はこの「事実」を前提に前に進むことになる。

一九四八(昭和二三)年八月、小田急電鉄は「南新宿-東京駅」の地下鉄を申請している。ルートは不明である。が、赤坂離宮の北に三角形の公園がある。この三角形の底辺を左右両方にまっすぐ延ばすと、皇居のまんなかを突っ切って「南新宿-東京駅」になるが、どんなものだろう。(P197)

どんなものだろうと言われても…。

さて、この理解不明な論理展開は、第七章も、同じノリで続くことになる。

線路も敷いていない、雑草が生い茂る丸ノ内に土地を買った三菱の二代目、岩崎弥之助が、「竹でも植えて虎でも飼うさ」と笑い飛ばしていたという話である。ここから先、三菱がどこに土地を買ったどか、JR横須賀線は有楽町駅の地下を走っているのはおかしい、上にある有楽町駅と同時に作られたと言ってみたり…。そして、ここでも突然である。

東京で「竹」のつく場所といえば竹橋、「虎」のつく場所は虎ノ門である。(P208)

209ページの地図には、竹橋から虎ノ門へ一直線に線が引っ張ってある。この飛躍も、オイラには、さっぱり分からない。

この言葉はつまり、(略)三菱の総力が結集されていたと聞いても私は驚かない。(P208)

驚かないそうである。事実なのかどうかは、書いていない。驚かない、ただ、それだけである。

ここから先、段落の語尾に気をつけて読んでもらいたい。

「なかったのだろうか」「はずである」「と思う」「ないだろうか」「としか考えられない」「とも思っていない」…

第七章は、全編がフィクションである。秋庭さんの想像である。それは、書いている秋庭さんが、一番分かっているはずだ。いろいろと想像してみたが、それを証明することができなかったのだ。唯一、彼の拠り所は、GHQの地図である。これが、本当に東京の地下を表す地図なのかどうかは、秋庭さんのあらゆる本を紐解いても明らかになっていない。秋庭さんは、あくまで地下を表す図という前提で書いているだけである。それに、仮に地下が表現されていたとしても、どういう形で表現されているのかは、どこにも書かれていないので、秋庭さんの地下網の探し方が正しいかどうかも、今の時点では分からない。

ただ、確かに秋庭さんは、自分が立てた仮説を、このGHQの地図で証明して見せていることは、事実なのだと思う。この点では、大したものだと思う。

が、この図には、虎ノ門から竹橋に続く一直線の地下道は、描かれているのか?

135ページの図は、226ページから227ページの地図の一部だが、新橋と三原橋間に線路が書かれていて、都営浅草線は戦前からあったという結論を出しているが、三原橋から人形町、浅草に至る部分には線路が書かれていない。なぜか。

161ページの内務省図では、都営大江戸線が書かれていて、大江戸線は戦前からあるという結論を出したが、その大江戸線は、第七章のGHQの地図には書かれていない。なぜか。

220ページに、丸ノ内線が旧都庁舎の敷地に突入し、労働局の庁舎の下に潜り込んでいるから、戦前に作られたと書いているが、このGHQの地図にはない。なぜか。

おそらく私たちに地下の真実を語る唯一の資料ではないかと思う。(P228)

真実を語ってくれているのは、このGHQの資料だけ。秋庭さんが、隠された地下網の謎を解くとき、たった1つ信用している地図。

もろいなと思った。

オイラなら、同じネタを追ったとしても、本にしようとは思わない。そこに何かがあったはずだと、自信を持って言うには、何か確証がほしい。無鉄砲なジャーナリズムではありたくないと思う。もしも、このGHQの地図が、地下を表すものであっても、鉄道網を示すものではなかったとしたら、秋庭さんは、どうするつもりなのだろうか。今までの仮説が、音を立てて崩れていくことになるのではないか。

オイラは、オイラなりに仮説を立てようと思う。

この第七章に登場するGHQの資料は、確かに地下を表す地図である。でも、そこに描かれている地下は、太めの斜め線で描かれている敷地だけで、地下鉄は書いていない。

なぜか。

GHQ地図の右上を見て、いただきたい。戦前に唯一できた地下鉄銀座線のルートに沿って、上野駅から線路が描かれていて、田原町のところで途切れている。国民に隠された地下網を示す地図なのであれば、果たして、国民が正々堂々と使っている地下鉄の存在を隠したり、掲載しなかったりすることがあるだろうか。この途切れている区間には、確かに当時、銀座線が走っていたはずである。

銀座線は、どこに消えたのか?

ここからは、オイラの勝手な妄想と思って、読んで欲しい。

この地図は、上空からの航空写真をもとに作られた地図の上から、地下のある敷地だけを太い斜め線でチェックしてあるものである。おそらく、この地図には、「航空写真に写らない道路については、道幅は保証しない」という但し書きがあると思う。以前、秋庭さんが他の本で紹介していた覚えがある。

以上で、『新説東京地下要塞』を検証する作業を終えたいと思う。

最後に、オイラの妄想を加えておきたい。

秋庭さんが言うような東京中を張り巡らせた都電地下鉄網は、存在しないと思う。でも、戦前、民間資本と軍部・政府が結託して、国民には秘密の地下網を築いていた可能性は高いと感じている。戦前、民間資本も参加した営団が設立されたが、営団が戦後、営団改正法で新たな路線建設にこぎ着けるまで、ただの1本の地下鉄も作らなかったとは、とても思えない。営団設立の真の目的は、戦況が悪化し、本土空襲が現実となったとき、軍部が、地下鉄という輸送手段に目をつけたことだ。にも関わらず、あれだけ大空襲に見舞われた東京で、土被りが薄い銀座線しかなかったとは、営団の設立意義を疑ってしまう。

あのとき、営団は、国民に隠れて、何をしていたのだろうか。

そして、戦後、GHQは、戦時色の強い交通営団を、何故か解散させず残した。これも、当時の社会情勢を考えればありえないことで、GHQは、いったい戦後の政府とつるんで、いったい何をしていたのだろうか。

その答えは、読者自身で見つけてもらいたい。


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東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

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コメント

[京成・日暮里-上野間]

しつこいので、この辺でやめときますが、標記の工事記録は、ここ
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/09-02/09-02-1757.pdf

とにかく、ここhttp://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/index.html
は、「地に足が付いた」データの宝庫ですよ。

投稿: 胆高 | 2009年8月29日 (土) 20時01分

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